番外編「背中では、もう届かない」

あの人の背中を、ずっと見ていた。


誰よりも無口で、誰よりも正しかった。

あの人が黙って歩けば、周りが自然とついてきた。

あの人が睨めば、敵は黙った。


長谷川誠。

俺の“兄貴”であり、“理想”だった。


俺はその背中を見て、「こうなりたい」と心から思った。

ただのガキだった俺を拾い、殴り、鍛え、認めてくれた人。


だが、ある日。

その背中は、突然――消えた。


* * *


誠さんが組を抜けたのは、あの抗争の直後だった。

理由は誰も言わなかった。

いや、誰も言えなかった。


ただ噂だけが流れた。

「家族を失った」「怒りで制御が利かなくなった」「自分を処罰した」……

どれも、本当のようで嘘っぽかった。


でも、俺は知ってた。

あの人は、“あのやり方”で、守れなかったんだ。


背中で語る。

暴力には頼らない。

筋を通せば、人はついてくる。


それが、誠さんの流儀だった。

でも、そのやり方じゃ――救えない命が、あった。


だから俺は、誓った。


俺は、あの人のやり方を捨てる。

背中ではなく、前に出る。

正しさではなく、結果を取る。


俺は、あの人を超える。


そう決めた。

あの日、あの背中が遠ざかった瞬間に。


* * *


今、俺は「ミヤシマ興産」の“顔”をやっている。

表では土地の調整、裏では資金の回収。

街の再開発という名のもとに、不要なものを消す仕事だ。


その途中で、偶然――

いや、運命のようにまた、あの名前を耳にした。


長谷川誠。


あの人が、まだこの街にいた。

もう関わることはないと思っていた。


……でも、やっぱりあの人は立ち上がった。


「懐かしいですね、誠さん。

 でも、俺のやり方は――あの頃のあなたの背中では、もう届かない」


心のどこかで、ずっと言いたかった言葉だ。


ただ、それを口にしたとき。

胸の奥が、少しだけ痛んだ。


それが“誠への憧れ”の残り火か、

それとも“裏切った自分”への後悔か――

俺には、もうわからない。

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