第13話 不安な夜と

「——スバル、戦いに備えてもう寝た方がいい」

「明日は大仕事だなー」


コンくんが眠りについた頃にはもうすでに、時計の針は零時を回っていて。恐れていたその日が、今日になっていた。

「……うん」

数秒遅れて頷いたわたしの頭の中では、脳裏に焼きついて離れない鳳凰の姿。不気味な赤黒い翼と、ブラックホールのような、真っ黒な目。あれと、これから……。

ドクドクとおさまらないわたしの心臓。あぁもう、こんなことで怖がってちゃ、誰も助けられない。

コンくんのかわりに戦うことすらできない。

イチくんを……救えない……っ。

「イチくんとタイガくんは……どうするの……?」

欲張りなわたしは、夜が明けるまで二人と一緒にいたいだなんて思ってしまう。

そうじゃなきゃ……気が休まりそうにもなくて。

「オレたちは外で見張りをしなきゃいけねえ。いつアイツが来るか、わかんねえからな」

「……」

「そ、そっか……!そう、だよね……」

タイガくんは、くわっとあくびをしながら外の方向を指差した。

そりゃあ、みんなが寝てる間に何かが起きちゃったら、意味ないもんね……。

ちょっとでも期待したわたしの甘さに、思わず頭を抱えたくなる。

「じゃあ、部屋戻ってちゃんと休めよ」

「スバル、また明日」

こんな時にまで、わたしたちのために動いてくれてありがとう。だからこれ以上、迷惑なんてかけられない。かけたくない。

……それなのに。


「……スバル」


気づけば、動揺したようなイチくんの声が、わたしを呼んでいて。

勝手に動いたわたしの手が、彼の歩みを引き留めていた。

「行かないで……」

絞り出した声は、今にも消え入りそうなくらい小さくて、細くて。

震えていた。

……わたし、なに、やって……っ。

「っ……スバ——」

「わ、わぁっ、ごめんねっ。なんでもないよ!……全然、なんでもないから」

ほんとにわたし、迷惑しかかけてない……っ。こんなに弱くちゃ、ダメなのに。しっかりしなきゃ、ダメなのに……っ!

わたしは、場に不似合いな明るい声を出すと、必死に挽回しようと首を横に振った。

自分の弱さが悔しくて、必死に涙を堪えようと唇を噛んでいると、不意に

「はぁーーーっ、おい、イチロウ。ご主人様を守るのが、おまえの一番の仕事だろうが」

タイガくんの呆れたような盛大なため息と共に、そんな声が部屋に響いた。

「今のおまえは、その仕事をちゃんとできてねーよ。スバルの顔見りゃわかるだろ」

「っ、タイガくん……」

「見張りくらい、オレ一人でどうにでもなるっての」

バーカ、とタイガくんはイチくんに向かって舌を出すと、そのまま手を頭の後ろで組みながら部屋を出て行った。

タイガくんなりの、気遣い……だったのかな。

「……ごめん、なさい」

それでも、また迷惑をかけてしまった自分がどうしても許せなくて、わたしの目からは、堪えていたはずの涙が次々にあふれだす。

静まり返った部屋に、わたしの嗚咽だけが響いていた。

「ほんとは……明日が、怖いの……っ」

「スバル……」

「わたしが弱いせいで、みんながケガしてっ。今度は、ケガじゃ済まないかもしれないのに……」

イチくんやコンくんの前でさえも、さっきまで「大丈夫」なんて強がってたくせに。蓋を開けてみればわたしは、ただの弱虫。

そんなわたしが、明日、みんなのことを守れるの……?

薄暗い不安ばかりが胸の内側に溜まって行って、それが固まってわたしの体を動かなくさせていた。

「イチくんのこと……大事だからっ」

わたしの震えた声が、静まり返った部屋に響く。イチくんは、泣き虫で弱虫なわたしに、これでもかというくらい優しくしてくれる。まるで宝物を扱うみたいに、わたしに接してくれる。

……じゃあ、わたしは……?

そんなイチくんに、何かを返せてるの?

「……まだなにも、してあげられてないのに」

最後の戦いは、もうすぐそこまで迫ってる。

ぐっと握りしめた拳を涙でぼやけた視界で見つめていると、不意にぬくもりに包まれた。

「っ……!あの、イチくん……」

彼の長い腕がわたしを柔く抱きしめて、サラサラの髪が首に当たって少しくすぐったい。

「オレのご主人様をそれ以上悪く言うことは、許さないからな」

「……っ、」

イチくんの細い指先が、私の頰に伝った涙をそっと拭う。

「オレは、スバルの優しいところも、友達のためならすぐに動けるところも、少し頑固なところも、全部好きだ」

「え……っ」

……って、い、いい、イチくん……っ!?それ、まさか……っ!

「オレのご主人様は、ずっとスバルなんだよ」

カッと熱くなっていた体が、今のイチくんの"ご主人様"というワードで、ふしゅー……と一気に冷めていく。

な、なんだ……。そうにきまってるよね、そんなわけがない。

今の「好き」という彼の言葉を、少しでも告白だと受け止めてしまったわたしがどうしようもなく恥ずかしくて。

ただ、頷くことしかできなかった。

——それでも、少しだけわたしの胸の内側は雲が減った気がして。嘘みたくスゥっと軽くなったんだ。

「……おやすみ、スバル」

イチくんの心地よい低音の声に、わたしは引き込まれるかのようにして、目をつむった。


__________


その後、イチロウはスバルが眠ったことを確認すると、上着を羽織って外へ出た。

宿舎の外壁に寄りかかって腕を組むタイガの横に黙って並ぶと、タイガはイチロウにチラリと目を向けた。

「……まさか、本気で死ぬつもりじゃないだろうな。山の神様さん」

2人の間に、沈黙が流れる。タイガは、やっぱりか……とでもいうようにため息をつくと、「一応オレからも言っておくけどさ」そうポツリと呟いた。


「死ぬんじゃねーぞ」


イチロウは、ただ俯いて、黙り込むだけだった。

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