第4話 ホワイトタイガーが大暴走!?

「イチくん、街中で変身するのは、戦う時だけだからねっ。前、あの辺で少し大騒ぎになったみたいだから」

「……わかった」

イチくんと一緒に、動物も人も助けるって決めたあの日から、数週間がたった。

呪いがかかって凶暴化している動物に、わたしが手で触れるだけで、お清めができるみたいなんだけど……それが、すっごく難しいコトなの。

だから、たとえ猫一匹をお清めするのも一苦労!

でもね、あれから、変わったことがひとつあるの。

「……あ、少しだけ呪気じゅきが……」

「でも、近くにはいないみたいだ」

「そっか……」

それは、呪いにかかっている動物の気配——呪気を感じられるようになったってこと!大体、ニオイや空気の重さでわかる。この呪気ってヤツが、初めてお清めした時から、感じられるようになったんだけど……、やっぱり呪気だけじゃ、場所を突き止めることができないの。そこで、音を聞いて場所を突き止めてくれるのが、イチくんってワケ。

「う〜ん、なかなか見つからないね」

「やっぱり、海の方にはいないのか……」

ところで、わたしたちは今、何をしてるか。それは、呪いにかかった動物を探して、お清めするための、パトロール!

なんせ、呪いの元凶の魔物のシッポが掴めない限り、何も始まらない。だから、少しでも情報を集めるために、できるだけ多くの呪いにかかった動物をお清めしようと思ったの。

「わたしにもっと色んな力があれば、呪いなんてすぐに消しちゃうのに……」

ポツリと呟いたわたしの声に、イチくんは何も返さなかった。……やっぱり、できることをコツコツやっていくしか、ないんだよね。

よし、やるって決めたからには、魔物の正体を突き止めて、絶対にわたしがお清めするの。動物みんなが幸せに暮らせるように、がんばるんだから!

ザザーン……と陸に打ち寄せる青い波を見て、そう思った瞬間だった。


——ぶわっ!


全身が、信じられないくらい重くなって、ケモノの臭いが辺りに充満した。

間違いない。

呪気だ。

それも、かなり強力な。

呪気を感じるようになってから今まで、一番濃い呪気に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。イチくんを見上げると、イチくんも何かの音に耳を澄ませているみたいだった。


「キャアアアッ!!!」


かなり近くから聞こえてきた女の人の悲鳴に、わたしは一目散に走り出した。

呪いにかかった動物が、現れたんだ!

「スバル、あそこの神社だっ」

「わかった!」

同じく横を走るイチくんが、三十メートルほど先にある鳥居を指差した。

急がなきゃ、早く……!人が襲われちゃう前に……!

いきなり走ったものだから、息を切らしながらなんとか神社まで辿り着いたわたしは、すぐにゲホゲホと咳き込んだ。

呪気がさっきよりも、濃くなってる……っ。きっとかなり近い場所に、いるはず。

「助けて、誰かぁ……っ」

そして、社殿の裏から聞こえた声に、イチくんが駆け出した。わたしもそれを追うように、走り出す。

お願い、間に合って……っ!

「大丈夫ですか!?」

女性の衣服である、薄ピンク色のロングスカートが見えた時、ほっとしたのもつかの間で。

女性に覆い被さるようにして息を荒くするその動物を見た瞬間、わたしの喉が、ヒュッ、と音を鳴らした。

ギロリ……と、その生き物の鋭い眼光がんこうがわたしに向く。

目が合ったその瞬間から、まるで時が止まったかのように、わたしは動けなくなった。


真っ白な体毛に、縞模様。丸くて少し小さな耳。そして、口から覗く鋭いキバ。

——ホワイトタイガーが、そこにいた。

どうして、ホワイトタイガーがここに……!?日本に野菜のトラなんて、いるはずが……。

「グルルル……」

本来、綺麗なアイスブルーのはずの瞳は赤く染まっていて。わたしが大きな声を上げたことによって、標的がわたしへと変わったみたいだった。

その隙間に、女性は涙をボロボロと流しながら、慌てて走って逃げていく。

わたしと、ホワイトタイガー。動物園のオリのように、間を隔てるものが何もないこの状況、かなり……ヤバい。

大きなヨダレを垂らしながら、女性から離れ、わたしへと体を向けたホワイトタイガーに、わたしは違和感を覚えた。

「イチくん、ちょっと、変身するのは待って」

「っ、でもこのままじゃ——」

「お願いだから」

「……はい、ご主人様」

イチくんの八重歯が、悔しそうに下唇を噛んだのが見えた。

でも……どこか、違うの。この前の野良猫と。呪いにかかっていることは間違いない。凶暴化しているのも間違いない。それなのに……。

「……苦しい、よね」

まるで、語りかけるようなわたしの声に、ホワイトタイガーは少したじろぐ。でも、すぐにわたしにうなり始めた。

「わたし、あなたのことを助けたいだけなの」

ホワイトタイガーに感じた違和感。それは、苦しそうだってこと。まるで自分の奥にまだ意思が残っているみたい。呪いにあらがっているみたいに、苦しそうなの。

だから、話が通じるんじゃないか……なんて、考えが甘いのかもしれない。でも、人間と動物はきっと、通じ合えるって、信じてるから……。

「ガァッ!」

「誰も傷つけさせたくない、あなたを傷つけたくもない」

ゆっくりと近づいていくけれど、ホワイトタイガーはさっきよりもキバをむき出しにして、わたしに吠えると、苦しそうに頭をブンブンと振った。

「だからね、助けさせてほしい。あなたの呪いを解いてあげたいだけなんだ」

「ガオォォォッ!!!」

「う……っ」

わたしの気持ち、届いて!そう願いながら手を伸ばそうとすると、息を荒くしたホワイトタイガーは、鋭いツメをビュンッ!と勢いよく振り回した。

そのツメがわたしの伸ばした腕に掠って、思わず声を上げた。


その瞬間、わたしの少し後ろにいたイチくんの気配が急に大きくなったのを感じた。ハッとして振り向くと、その毛はぶわっと逆立っていて、上唇が怒りにめくれあがっている。

だ、ダメだ。相手に敵意を見せちゃ、状況が悪くなっちゃう!

「イチくん、ダメ!」

「ガルルル……ッ」

イチくんの二メートル以上ある影が、夕日でさらに大きくなって、私たちを覆う。

「待って!わたしは大丈夫だからっ」

「ヴゥ……」

「座って」

シッポが大きく膨らんで硬直したまま、イチくんはわたしの指示通り座ってくれた。ただ、次に何かがあったらきっと、動き出すだろう。

ポタリ……と、赤い血が石でできた地面にシミを作る。こんなケガ、小学校三年生の時に転んだ以来。痛い、すっごく痛い。苦しい。……でも、目の前にいるホワイトタイガーは、きっとわたしよりも、心を痛めてるから。

「大丈夫だよ、わたしが今、助けるからね」

「グ……ガゥ……ッ」

ホワイトタイガーの赤い目が、ゆらゆらと動いて、苦しそうにうめいた。きっと触れるなら、今のうち。

呪いがお清め、できますように。

わたしは、胸いっぱいにそうお祈りをしながら、ホワイトタイガーの首元に手を伸ばした。


ぽふっ。


白い毛は、イチくんとはまた違う、ふわふわな感触だった。

たとえるなら、わたあめみたい。


「さ、触れた……」

極度の緊張が安堵へと変わると、止まっていた時が動き出したかのように感じた。わたしは、思わずその場にへたり込む。

無事にお清め、できたの……?

吹き出してきた汗を拭いながら、おそるおそる顔を上げると……。

「わぁ、綺麗な目……」

わたしも、ホワイトタイガーにお目にかかるのは人生で初めてだ。ホワイトタイガーの目は、何度も写真や動画で見た通り、透き通るようなアイスブルー。

「ガウゥ」

甘えるような鳴き声を出すと、ホワイトタイガーは触れたわたしの手に擦り寄った。

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