第3話 初めてのお清め
神山昴、中学一年生。クラスは二組。先生に当てられたり、みんなの前で話すように、目立つコトが一番嫌いな、どこにでもいるような女子。
——のはずなのに。
「ヤバい!壱狼くん、ちょうカッコイイじゃんっ」
「放課後、話しかけてみようよ!」
「あの銀髪って、地毛なのかな?俳優さんみたい……!」
二組の中は、今日、突如として現れた謎のイケメン転校生の話題で持ちきりだ。特に女子なんかは、教室の至る所で転校生を眺めながら、きゃあきゃあと互いをこづきあっている。もちろん、彼女たちの目の形はハートで。
そして、話題のイケメン転校生の正体はというと……。
——結び相手のそばで、守ることがオレの仕事ですので、学校という場でもおそばにいさせていただきます。
——あぁそうだわ。お父さんの昔の制服があるの。これを着たらどうかしら。
——では、月曜からお供します。ご主人様。
——え?……えぇぇぇぇぇっ!?
と、いうわけで。
「ご主人様、オレにできることがあればなんでもおっしゃってください」
壱狼さんが、わたしの学校、同じクラスへと転校してきたのだった。
かぁぁ……と、顔が燃えるように熱くなる。きっと、今のわたしは顔は側からみれば、トマトのように真っ赤なことだろう。
それもそう。だってわたしは、目立つことが一番嫌いなんだから!
「ご主人様ってなんだろう……?」
「神山って知り合いだったの?」
「どういう関係だろう」
ほら、ほらほらほらっ。まわりで、私と壱狼さんの関係性を怪しんでるクラスメイトがいるじゃん……!
クラス全員の視線を浴びたような気がして、いてもたってもいられずに、わたしは机に突っ伏した。
六限目よ、早く始まれ。六限目よ、早く始まれ。六限目よ、早く始まれ……!
わたしの席の後ろに、番犬のようにして立っている壱狼さんが、様子のおかしいわたしを心配するようなことを言っていたけれど、今のわたしの頭には、もう何も入ってこない。
学校よ、早く終われ……!
今すぐに教室を飛び出して家へ帰りたい気持ちを押さえつけながら、心の中でそう叫んだ。
***
「学校の中で、わたしのことをご主人様って呼ばないでっ」
放課後。
部活に入っていないわたしは、六限目が終わった後、すぐに教室を出て帰り路につく。それは、壱狼さんももちろん一緒に。
恥ずかしさと怒りと不安でうずうずしていた胸の内側を、学校を出るやいなや、壱狼さんにぶつけた。
壱狼さんがみんなの前で堂々と、わたしのことを"ご主人様"なんて呼ぶから、変な誤解を生んじゃったに違いない。
さっきなんて、一部の男子から「飼い主」なんてワードが聞こえてきたんだから。
わたしの怒った口調に、壱狼さんは、シュン……と沈み込んでしまった。見えてもいないのに、垂れ下がった耳と尻尾が見えてくるくらい。
うぅ……そんなの、ずるいよ……。もとがオオカミというのを知っているからか、落ち込んでいる姿のオオカミが彼と重なってしまった。
ぐ、と喉が詰まって、一瞬でもかわいいという衝動に駆られた自分は、めっぽう壱狼さんには弱いのかもしれない。
「申し訳ありません」
「そ、そんな謝らないでっ。あと、敬語も禁止だから!」
壱狼さんがわたしのことを慕ってくれようと、いくらなんでも同級生に"ご主人様呼び"&"敬語"は、完全におかしいよ!
わたしだって、もしもクラスメイトに聞かれた時、なんて答えればいいのかもわかんないし……っ。
「……わかっ……た」
言いにくそうに、そしてどこか悔しそうに敬語を外す壱狼さんを見て、自然と笑えてきてしまった。
そこで、ふと疑問に思う。わたしも、"壱狼さん"なんて呼び方、おかしいかな……。あくまでもクラスメイトに、下の名前プラス"さん"付けなんて、あまりしないもんね。
かといって、生まれてこの方、男の子のことなんて呼び捨てにしたことがない。
やっぱり、こういう時は無難に……。
「イチ、くん」
や、やっぱり、改めて人の名前を呼ぶのはちょっとだけ恥ずかしいや……。俯いたまま、今とっさに決めた呼び方を、ポツリと口に出すと、隣を歩いていた彼が、「ぇ」と小さく言ったのが聞こえた。
「っ、だ、ダメかな。やっぱり壱狼さんのままでいい——」
「スバル」
「っ」
思わず聞こえたわたしの名前にパッと顔を上げると、そこには、まっすぐにわたしを見据える瞳があった。
ドキッ、と、胸がひと鳴りする。だって、綺麗な綺麗な顔が、かなりの至近距離でわたしのことを見つめてるんだもん……っ。
「呼び方、それがいい」
「……っ、そ、そっか!わかった!」
ドクドクと早鐘を打つ心臓が、今にも破裂しそうなくらい恥ずかしくなって、ふいっと顔を背ける。
そりゃあ、学校中の女の子も騒ぐわけだ……。と、ため息をつきそうになったその時だった。
「っ!スバル!」
「ふぁいっ!?」
隣でボンッ!と風が起こったかと思うと、そこにいたのは、まさかのオオカミ。
え……えっ!?こ、こんなところで変身しちゃうの!?こんな街中で……!?
それよりも、オオカミ姿になったイチくんは、三角の耳をピンと立てて音を探すようにいろんな方向へと向けていた。
……もしかして、何かを見つけた……とか……?
胸の辺りで、ザワリと不安な音がする。
「イチくん!」
呼びかけると、金色の瞳がこちらを向いた。
「……行こう!」
もう、覚悟はできてる。きっとこれから起こることが、わたしがイチくんと出会った理由なのだろうから。
わたしの言葉を聞いたイチくんは、まるで返事をするみたいに、大きな尻尾でわたしを撫でると……。
「きゃっ……わぁっ!」
ぐわっ!と、イチくんの顔が近づいてきたかと思うと、その大きな口で咥えられた。……かと思えば、すぐにわたしの身は宙へと投げ出され……。
ストン、と、次の瞬間には、わたしはイチくんの銀色の背中にまたがっていた。
二メートルを超える、大きなイチくんは、わたしを一人乗せるくらい、なんの重荷にもなっていないみたいで。
「ひゃあっ!」
想像もできないような猛スピードで、道を駆け抜けていた。
お、落ちる落ちる落ちるっ!
必死でイチくんの背中に抱きついてるけど、バランスを崩したら終わりだ……っ!
食いしばった歯の隙間から、ひぃぃ、なんてマヌケな声を漏らしながら耐えること数十秒。
「つ、いた……?」
わたしが降りやすいように、限界まで体高を低くしてくれたイチくんの背中をひとなでしてから、軽くジャンプをしながら地面に降りた。
その瞬間、目の前に広がる光景にわたしは目を疑った。
「わぁぁっ、来るなっ、来るなぁっ!」
そこは、人通りの少ない通りにある小さな公園だった。たまに小学生が、きゃっきゃと楽しそうにブランコを漕いでいる光景は、今日はなくて。
かわりに、数十匹の野良猫に囲まれる小さな男の子の姿があったのだ。
野良猫は、みんな目が赤くて。取り憑かれたみたいに、男の子に対しての敵意をむき出しにしている。
あのツキノワグマと、同じだ……。
どうしよう、どうしよう……っ。男の子を一刻も早く、野良猫たちから助けなきゃ。
……でも、どうやって助けたらいいの……!?
頭の中が、軽くパニックになってしまう。
「おかあさぁぁぁんっ」
泣きながら、大声で男の子が助けを求めるように叫んだその時だった。
わたしの中で、どこかがぷつりと切れた。
頭の中には、ただ「助けなきゃ」という、強い思いだけ。気づけばわたしは、凶暴化した野良猫の集団に向かって、一目散に走っていた。
「やめてっ!」
あぁもう、わたしったら、どうしていつも、危険なことにばっかり突っ込んでいっちゃうの。危ないって、わかってるのに。
わたしがそう叫んだ瞬間、野良猫たちが一斉にして赤い目をギロリとわたしに向けた。
怖い、でも、怖くないっ。わたしにしか、助けられないんでしょ……っ!?
「シャアッ!!!」
その瞬間、一匹の猫が、鋭い爪をわたしに伸ばしながら、襲いかかってきた!
「っ!」
やっぱり、突然飛び出したりなんかするんじゃなかった……っ!
急ブレーキをかけて、とっさに腕で顔をガードしようと身構えたその時。
再び、あの時と同じように。
まるで、わたしの前をナニカが猛スピードで駆け抜けるような、そんな風圧の塊が、あたりをブォン!と揺らした。
「ガルルル……」
イチくん……っ。
威嚇するように唸るイチくんは、やはり本物のオオカミで。
一瞬にして、野良猫たちが怯んだのがわかった。
きっと、今、わたしが男の子を助けるべき時なんだと思う。でも、それなのに、なんで。
急に体が、鉛を引きずっているみたいに重くなって。動かないの。
動かなきゃ。今、あの男の子を助けられるのは、わたしだけなんだから。イチくんが、野良猫たちをひきつけてくれている間に、わたしが……っ!
重たい脚を、必死に動かす。わたしが助けなきゃ。やらなきゃ。
いざという時、すぐに動けないわたしが嫌だ。恥ずかしくなると、怖くなると、体が思うように動かないわたしが嫌だ。
——勇気を、出さなきゃ。
"あなたにしか救えません"
イチくんと初めて出会った時に言われた、その言葉が頭によみがえったその瞬間。
ふっ……と、脚についていた鉛が取れたみたいに、軽くなった。
わたしが、助けるんだっ!
男の子のもとまで、約十メートル。その前にはもちろん、目を赤く光らせている野良猫がいる。でも、ここにはイチくんがいるから……!
ダッ!と走り出したわたしに、野良猫が再び反応して、牙をむいた。……でも、それは、再び唸ったイチくんによって制圧されて。
「キミっ、大丈夫……っ!?」
「う……わぁぁぁっ」
わたしの伸ばした腕を必死に掴んで泣き叫ぶ男の子を、その場で素早くおんぶする。
うぅ、普段、運動していないのが裏目に出ちゃった。小さな子を一人おんぶして走るだけでも、脚も腰も腕も、全部折れちゃいそうなくらいキツイ。……でも、今は、助けるためにがんばらなきゃ!
やっとの思いで、おんぶした男の子を、イチくんの後ろに隠すようにして降ろすと、その子の頭を優しくポンポンと撫でてあげた。
「もう大丈夫だからねっ」
「ふ、うぅぅ……っ」
男の子のことは、助けることができた。わたしはゆっくりと立ち上がると、ぎゅっと手のひらを握りしめて、イチくんの隣に並ぶようにして立った。
あとは、野良猫たちにかかった呪いを、お清めするだけ……!
——そういえば、呪いをお清めするって、具体的にはどうするの?
——ご主人様が、直接その体に触れなければいけません。
——え、さ、触るだけでいいの?
——はい。ご主人様のチカラは、それくらい強力なのです。
触るだけ、なんて絶対に簡単だ。って、そう思っていたけど。今ではその大変さがよくわかる。
まず、呪いにかかって凶暴化した動物たちはみんな、暴れてるんだ。簡単に触れるわけがない。
だから、それをイチくんが守って、隙を見つけてわたしがお清めするんだ……。
今になって、イチくんとわたしがこうして一緒にいなければいけない理由が、なんとなくわかった気がした。
——それからわたしたちは、イチくんが隙を作ってくれたその瞬間に、一匹ずつお清めするというのを数十匹分、繰り返していき……。
「や、やっと終わった……」
全ての猫のお清めが終わる頃にはもう、日が暮れかけていた。
「お姉ちゃん、オオカミさん!ありがとうっ」
胸に抱えていたボールをぎゅっと抱きしめながら、笑顔でそう言ってくれた男の子は、イチくんのことをぎゅっと抱きしめた後、走って帰って行った。
わたしは、ふぅ、と息をついてその場にへたり込んだ。
助けられて、よかった……。
「にゃおん」
「ゴロゴロ」
と、さっきまで、今にも噛みついてきそうだった猫たちが、穏やかな目をして、わたしにお礼を言うように足もとへとすり寄ってくる。
か、かわいい〜っ!
こんなにもかわいい猫に呪いをかけて、凶暴化させるなんて、"魔物"って、いったいなんなんだろう……。それに、人にまで危害を与えようとして。
……この状況は、お清めができるわたしにしか、変えられないんだ。
わたしは、「よし」と短く呟くと、自分で自分に気合を入れるためにぎゅっと拳を使った。そして立ち上がると、その場に座って尻尾をゆらゆらと揺らしているイチくんを見上げる。
「イチくん」
彼の銀色の毛並みは、夕日に照らされて、わずかにオレンジ色になっていた。
彼の金色の瞳が、わたしを捉える。瞳孔の細いその瞳が。
「わたし、やってみる!」
わたしのお清めで、傷つく動物が減るのなら。傷つく人が減るのなら。
わたしが、やるしかない!
イチくんは、そんなわたしを尻尾でふわりと包んだ後、「くぅん」と鳴いた。
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