第2話 神山家の言い伝え

灰島壱狼はいじまいちろうと申します。あなたのことを、ずっと探しておりました」

「えぇ……」

ちょ、ちょっと待って。突然のことすぎて、頭が追いついてないんだけど!?

彼は、わたしに向かって片膝をつくと、まるで敬うように頭を下げた。王様の家来のようなその立ち振る舞いに、わたしの頭はさらにこんがらがる。

「な、なんでわたしの……こと……?」

ダメだ、彼の言っていることが理解できなくて、まず何から聞けばいいのかすらもわからない。しどろもどろになりながらも、頭にはてなマークをたくさん浮かべるわたしに、彼は銀色の髪をさらりと揺らして、言った。


「あなたのチカラが、必要なのです」


わたしの、チカラ……?

さっき、私を助けてくれたオオカミと同じ金色の瞳が、まっすぐに私を見据える。本気で、そう言っているみたいだ。

「あなたにしか、今の日本は救えません。どうか、お助けください」

ま、待って。どういうこと……?わたしにしか、日本は救えないって……。わたしが、助ける……?

さすがのわたしも、情報量が多すぎて頭がパンク状態。

意味がわからないよ……!


どうしたらいいのかわからず、口をパクパクとさせていたその時だった。


「スバル……!?」


背後から、焦ったようなお母さんの声が聞こえた。

「お、お母さん」

パッと振り向くと、やはりそこには、びっくりしている表情のお母さんがいて。その視線は、私の先にいる彼を捉えていた。

まずい、瞬時にそう思ったものの、さすがにもうごまかせない。

こんな山奥で、娘が知らない男の人と話しているなんて、お母さんの立場からしたら恐怖でしかないだろうに。

でも、わたしだって今、何が起きてるかわからないんだもん。

クマに襲われたと思ったら、オオカミが助けてくれて。でもそのオオカミは人間で……って、現実じゃ考えられないような出来事ばかり起こってる。


さらにびっくりしたのは、お母さんの口から出てきた言葉で……。


「もしかして、あなた……オオカミの……」

「……えっ!?」


まるで彼のことを、ずっと前から知っていたかのようなお母さんの口ぶりに、思わずすっとんきょうな声を上げた。

ど、どうして……!?

お母さんと、オオカミと呼ばれた彼を交互に見やっていると、彼はスッと立ち上がった。


「……はい。神山一族の、"むす相手あいて"でございます」


結び相手……?さっきから、何の話をしてるの……?

それを聞いたお母さんは、ゴクリと唾を飲んでから、ゆっくりと頷いた。


「……どうぞお上がりになって」


***


神山家の初代先祖——神山里子かみやまさとこは、特別なチカラを持っていたらしい。そんな里子は、その時代、生物たちに悪い影響を及ぼした魔物を倒し、封印した。

その時、一緒に戦っていたのが、先ほどクマからわたしを助けてくれた彼の先祖であるオオカミらしい。

その際、神山家と灰島家で、"結び"を交わしたことから、両家は子孫が途切れない限り、特別な関係が続くんだって。


「でも、どうして突然……」


生まれてから今まで、私がオオカミの血筋と特別な関係があったなんて、聞いたこともなかった。そして今日、彼が私の目の前に現れた。

"ずっと探しておりました"という言葉と共に。


「どうしてわたしのことを探してたの……?」


ちゃぶ台の向こう側に座る壱狼さんは、私の言葉に眉根を寄せて悔しそうに呟いた。


「その封印が、少し前に、何者かによって解かれてしまったのです」


封印というのは、里子さんが結び相手のオオカミと倒した魔物のことだろう。深刻そうな彼の表情に、わたしも唾を飲み込んだ。

「じゃあ、最近動物が凶暴化しているのも……?」

私の隣に座っているお母さんは、コトの重大さを分かっているのか、青ざめた顔で壱狼さんに尋ねた。

「はい」

壱狼さんが頷くと、お母さんは「そう……」と眉を下げた。

つまり、今日本で話題になっている動物の凶暴化は、魔物の封印が解かれたことと、関係しているんだ。


「魔物が動物たちに、呪いをかけている。だからオレたちは、その呪いを解かなければいけない」


壱狼さんは、ギリ……と歯を食いしばって、悔しげに目を細めた。その目は、ゆっくりと私に向けられる。

「そのチカラを持っているのが、ご主人様。あなたにしかできない」

「っ……!」

私が、呪いを解くチカラを持ってる……?わたしにしか、できないコト……。


「救ってください」


さっき、わたしを襲おうとしたクマが頭の中にフラッシュバックする。何かに取り憑かれているみたいな、赤くギラついた瞳。好きでこんなことをしているのではないと訴えるような、そんな瞳だったかもしれない。

それを、わたしが救える……?

膝の上で握ったこぶしは、やっぱり今でも力が入ったままだった。

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