あなたの未来は

明日和 鰊

あなたの未来は

「芸能界に興味はありませんか?」

 高校生の頃、遊びに行った東京で突然声を掛けられ、わたしは一も二もなく、「あります」と返事をした。

 小学生の頃に母と行ったデパートで「あなたの未来は、アイドルとなって歴史に名を残すでしょう」と、占い師に予言されていたからだ。


 グループアイドルの一員としてデビューしたわたしは、すぐに頭角を現しグループ内で人気№1になった。

 歌にダンスに容姿、それら全てが他のメンバーより特別に優れていたわけではなかったが、わたしには一つだけ他のメンバーにはない特技があった。

 他人の心が読めたのだ。

 

 サイン会や握手会、人前でパフォーマンスをする時にはいつも、相手が心から望む言葉を掛けつづけた事によって、わたしを応援してくれるファンはどんどん増えていく。

 多くのメディアにも呼ばれるようになり、読心術によって相手の望むリアクションをまじえながら対応する事で勘の良さを認められ、グループのファン以外にもわたしの名前は広まっていった。


 しかしこの頃から、わたしの心は少しずつ変わっていった。

 わたしが一人で活躍することを快く思わないグループの一部のファンや、身内のメンバーからも妬まれて、心ない発言を裏で繰り返されるようになる。

 それらは、アイドルとして頂点への階段を数段飛ばしで登っていたわたしには、大して障害にはならなかった。


 ただ心の声が聞こえるわたしにとって悪意やウソは、普通の人よりも毒として心身を蝕んでいく。

 日本で一番有名なアイドルになり、東京ドームで卒業コンサートを終えたわたしは、誰にも相談せずにその場で芸能界引退を発表した。




「懐かしいわね」

 処分する為に整理していた、小学生の頃の日記を開きながら私はため息をついた。

 何十年ぶりに占い師の予言を思い出し、私はその本当の意味をやっと理解した。


 屋敷の外の森では、方々で黒煙が上がっている。

 墜落したヘリ、重火器による爆発、それらが森の静寂をけたたましく破っていた。

「本当に君は行かないのか?」

「ええ、私は最後までアイドルでいないとね」




 引退したわたしには、様々な下心を持って近づいてくる人間が群がってきた。

 そんな時、街中で「あなたは今、幸せですか?」と声を掛けられる。

 彼の心を読んでもそこに下心は見えず、純粋にわたしを心配して出た言葉だった。

 わたしは彼に興味を持ち、徐々に深まっていく関係の中で、彼の薦めで入会を決めた。


 読心術によって会員の信頼を得ていったわたしは、急激な会員達の人心掌握を幹部達に妬み恐れられて謀略によって命を狙われた。

 しかしそれを察知していたわたしは、逆に幹部達を陥れて組織から追放する事に成功する。

 結果としてトップに立ったわたしは、会員達を見捨てる事が出来ず、彼らの望みを叶える為に奔走した。

 組織はより拡大し、外国でも会員は増えていくと、多数の国で危険な組織と認定されてしまった。




 屋敷内の隠し通路を通って逃げていく夫や子供、残った会員達を見送ると、私は私自身の人生の痕跡を消す為に用意した爆弾のスイッチの前に立つ。

 屋敷の外の黒煙や銃声は近くに迫っていた。

 時間がない。


 『偶像アイドル』とは偽物の神様の事である。

 私はあの占い師の言ったとおり、アイドルとして歴史に名前を残す事になるだろう。

 人心を惑わし、争乱を巻き起こした最悪の『偶像アイドル』として。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたの未来は 明日和 鰊 @riosuto32

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ