第10話

「健介、用意出来てる?」

 明陽が入口の所で健介に声を掛ける。中まで入って来ないのは、自分が近付くと教室に居る者達が下級生である為に頭を下げなければならなくなるからだ、明陽はそう言う事を配慮する人間なのだ。

「はい、出来てます」

 健介が答えると、明陽が

「じゃあ、行くよ」

と言って、先に歩き始めた。

 健介も急いで廊下に出ると、明陽の後に付いて行く。

「健介、どうして並ばないの?」

 暫くすると、ずっと後に付いて歩く健介に向かって振り返った明陽が気さくに言った。

「えっ…どうしてって言われても……」

 健介は口ごもった。


(あり得ない……この人は自分の立場を、いや、僕の立場を分ってるんだろうか……?)

 健介は明陽の顔をまざまざと見ながらそう思うのだった。

(明陽はいったい自分の事をどう思っているんだろう?)

と思ってしまう。

 紫苑では、先輩と後輩が並んで歩く事などまずあり得ない事なのだ。並んで歩けるのは兄弟か、或いは、余程近しい者でしかない。つまりそれはお気に入りのしるしなのだが、健介はいまいちそう言う事に馴染めない。と言うより、ブルジョワ的習慣が大っ嫌いだった。

 それなのに明陽は自分に並んで歩けと言うのだ、先程の様な配慮を見せるかと思えば、今の様に天然の様な事を何の気なしに言ってのける。

 育ちの違いから来るものなのだろうが、健介は時々明陽の考えている事が分らなくなってしまう。

 とは言え、明陽の置かれている環境を考えれば、それも仕方ない事なのかもしれない。

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