第22話

 一月ほど病床に臥し、これ以上は必要なしとのことで、漸く自宅に帰ることが出来ました。その間、桜庭からは療養に専念するよう勧められていましたので、暫らく原稿用紙を見ることは愚か、ペンを握った記憶もありませんでした。彼は別段、私を責める事はしませんでした。ただ一言、体調を案じただけで、それ以上の言葉はなかったため、完全に愛想をつかされたのだと、身勝手にも傷ついていました。

 しかし、私の予想に反して、桜庭は甲斐甲斐しく病室に通うようになりました。その真意が分からず、疑い、遠ざける私に反して、以前よりも私に構うようになった桜庭は、退院の日も変わらず、私の送迎を申し出たのです。私には自殺未遂という前科がありますから、好意を無下にするのも気が引けました。

「あんな事があって、正気でいられるはずがないんです」

「どの件でしょう」

「志浦先生との対談のことです。あんな仕事、受けなければ良かったと、後悔しました。先生が、書けなくなっていく姿を見ていたのに、僕には、何もできなくて……」

「あなたに、何かを求めていたわけでは、ありません」

 私は、他者に、なにも求めませんでした。求めたところで、徒労であると、諦めていましたから。こんな、どうしようもない、期待だけが膨らんでしまう会話をするたびに、倦怠感とでも言いましょうか。どうせ、伝わるわけがないのだと、子供のように不貞腐れながらも、しがみつくような空虚が脳裡を占めて、叫び出したい焦燥にもだえるのです。

「そんなことは、分かっています。僕が、あなたを助けたいと思っていたんです。なにも出来ず、こんなことになってしまって。強かで、人の助けが要らないひとだと、僕の中の偶像を、押し付けていた」

 桜庭という男は、私が望み、演じ続けていた、芯からの聖人でした。人のために、怒り、嘆き、悲しみ、笑う事のできる人間。まるで、自分が愚弄されたかのように怒り、それでは腹の虫がおさまらず、かと言って、私が大きく騒ぐこともしないものだから、必死で興奮を収めていたそうです。

「貴方は、天才ですよ。担当になれて良かった」

 愛されるために、書いてきました。私自身ではなく、私が作り上げたものを、何処かの誰かが、私の目に入らないところで抱き寄せてくれれば、それで良かったのです。私は、一個人、一対一同士での対話で、その動きのひとつひとつに悪意を察知して、独り善がりに傷ついてしまう性質を持っているから、読者にはそのような失望をしたくなく、活字のみの付き合いを望みました。

 同時に、私は此処にいるのだと、心の底から叫びたく、見付けてくれないものかと期待をし、だのに、己を隠し続けるという愚行を繰り返していました。陽だまりのような優しさ、慈しみをうらやみながら、それ以上の動揺と恐怖が勝っていたのです。

 彼の博愛を甘受するには、私は早熟すぎました。喉から手が出るほど欲していた、皇桜痴という個人への敬愛を、額面通りに受け取り、はしゃぎまわるには、余りにも臆病だったのです。彼だけは、もしや。などと、淡い期待を抱けるほど、茹だった思考は持ち合わせていなかったのです。

 

「読んでください」

 たった一度の事件は、乾いた砂漠に突如現れたオアシスのようなものだったようです。瞬く間に、私の名が世間に知れ渡りました。自殺作家などという汚名と共に、根も葉もないうわさが尾びれをつけて、週刊誌やら、テレビ番組やらに報道され、どこから漏れたか、見当もつきませんが、家にまで押し掛ける記者も現れ、暫らく身辺が騒がしかったのですが、それも数か月もすれば落ち着き、訪ねて来る人数も減りました。

 突然、年若い男が茶封筒を抱えて訪ねて来ました。見覚えのある茶封筒は、私が原稿用紙を提出する際に使用するものと同様でしたので、中身の正体はすぐにわかりました。近年、作家への入り口に使われるのは、専ら文学賞か、インターネット上で細々と作品を投稿し、後は運に任せ、見付けられることを待ち望むという二点が主流で、編集部に持ち込むという一昔前の手法はとんと見かけません。その上私はただの作家ですから、見せられたところで、年若い見習い作家に素晴らしいアドバイスなどを期待されても、期待外れの結果しか待ち受けていないことが明白ですから、丁寧にお断りを致しました。

 然し、若さという大きな武器は、闘争心、もしくは執着心を肥大化させるようで、来る日も来る日も押し掛ける同じ男に、同じような文言で断ることも飽きて、一度だけと釘を刺し家に上げ、目を通しました。

 それから、私の家にやって来る人間が担当編集者と、弟子見習いの学生作家に絞られました。押し切られてしまうと断れない性格が災いして、一度読んでしまうと、もっと、もっとと欲張られてしまい、私も次第に愛着のようなものが湧いてきて、弟子は取らないなどと一蹴することも出来なくなってしまい、師と仰がれるべきこともしていませんが、簡単な作法を教授するようになりました。

 一度、死を逃してしまったことは、私に大きな悔悟を刻み付けました。世間に顔向けできない、あのような犯罪を犯した自分が、何かを拒否するなどと、それこそ、不敬な気がしてならず、何事においても二つ返事で請け負うことを心掛け、崩した信頼を積み上げようと一念発起しました。

 しかし、あの日から、私の目は確実に、寸先の死を見据えていました。いつか、必ず死ぬだろうという、ぼんやりとした不安は、自分は必ず死ななければならぬという確信に変わり、それはどんな安定剤よりも甘美な麻薬でして、いつか、自らの手で必ずこの地獄を終えることが出来るという事実が、私を生かしていたと言っても、相違ない。

 禍福は糾える縄の如しという言葉がありますが、私の人生において、今までの不幸を払拭するような幸福。輝かしい瞬間などが、あったろうか。思考を巡らせ、考えてみても、首を傾げるばかり。私は、この世界では、心の底から大声を上げて笑うことなど、生涯できないのではないかしら。

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