第3話 プロジェクトの始動
翌日の朝、河野は少し緊張した面持ちでオフィスに向かっていた。地下鉄の中で、今日の鈴木との会議について考えを巡らせる。プロジェクトへの参加を求められたら、どう答えるべきか。
彼の心の中には、相反する思いがあった。キャリアの観点から見れば、全社的なプロジェクトに参加することは大きなチャンスだ。しかし、佐藤の言葉が頭から離れない。このプロジェクトの裏には、表面上の理念とは別の意図があるのかもしれない。
駅に到着し、改札を抜けると、河野のスマホが鳴った。田中からのメッセージだった。
「今日のミーティング、楽しみだな!朝から緊張してるよ。」
河野は苦笑いしながら返信した。「うん、大事な話になりそうだね」
田中の素直な熱意と自分の複雑な心境の違いを感じながら、河野はオフィスビルへと足を進めた。
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9時45分、河野はデスクで作業をしていた。集中できないながらも、画面に向かっていると、鈴木からメールが届いた。
「会議室が混み合っているため、場所をディレクター応接室に変更します。10時からの予定通りです」
ディレクター応接室——経営幹部が使う特別な会議スペースだ。普段、河野のような中堅社員が使うことはない。これは本当に重要な会議なのだろう。
「なあ、河野」デスクに戻ってきた田中が興奮した様子で声をかけた。「場所が変わったって。ディレクター応接室だって!」
「ああ、今メール見たところだ」
「すごいじゃないか」田中の目は輝いていた。「あそこって、クライアントのVIPとか、経営陣しか使わないんだぜ」
河野は無言で頷いた。この変更も、プロジェクトが会社の中でどれだけ重要視されているかを示していた。
時計を見ると、9時55分。もうすぐ会議の時間だ。
「行こうか」河野は立ち上がった。
二人が応接室に向かう途中、佐藤とすれ違った。彼女は河野に意味深な視線を送り、小さく頷いた。言葉はなかったが、その目には「慎重に」というメッセージが込められているようだった。
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ディレクター応接室は、会社の中でも特に洗練された空間だった。高級な木材のテーブル、革張りの椅子、そして大きな窓からは東京の街並みが一望できる。
河野と田中が入室すると、鈴木はすでにノートパソコンを広げて待っていた。彼女の隣には、経営企画部の部長である高橋がいた。50代の穏やかだが鋭い目をした男性だ。
「お待ちしていました」鈴木が二人に微笑みかけた。「座ってください」
河野と田中は向かい側の椅子に腰掛けた。
「改めて紹介します」鈴木が言った。「経営企画部の高橋部長です。今回のプロジェクトの統括責任者です」
「よろしく」高橋は温和な笑顔で頷いた。「二人とも若くて優秀な人材だと聞いています」
形式的な挨拶が交わされた後、高橋は本題に入った。
「昨日の全社メールでも発表した通り、当社では『ダイバーシティ&インクルージョン推進プロジェクト』を立ち上げました。これは単なる社内活動ではなく、会社の経営方針に関わる重要な取り組みです」
高橋はタブレットで資料を開きながら続けた。
「なぜ今このプロジェクトを始めるのか。それは時代の要請であり、社会的責任でもあります。また、ビジネス的にも重要な意味を持ちます」
彼は画面をスワイプして、データを示した。
「調査によれば、ダイバーシティを推進している企業は、そうでない企業と比べて収益性が約25%高いという結果が出ています。また、若い世代の人材獲得においても、会社の多様性への姿勢は重要な判断基準となっています」
河野は黙って聞いていた。高橋の言うことは間違っていない。ダイバーシティ推進には確かにビジネス上の利点がある。しかし、それを率直に語る高橋の姿勢に、河野は少し驚いた。
「そして、このプロジェクトのリーダーを鈴木さんにお願いしたのは」高橋は鈴木に視線を向けた。「彼女の優れたリーダーシップと、そして何より、当事者としての視点を持っているからです」
「当事者」という言葉が出た瞬間、河野は内心で眉をひそめた。鈴木のセクシュアリティが、彼女の能力とは別の「資格」として扱われているように感じた。
「では、具体的な活動計画について、鈴木さんから説明してもらいましょう」
鈴木はノートパソコンの画面を三人に向け、プレゼンテーションを始めた。
「このプロジェクトは三つの柱で構成されています」彼女は落ち着いた声で説明した。「まず第一に、社内啓発活動。第二に、人事制度の見直し。そして第三に、クライアントワークやブランディングへの展開です」
スライドには詳細なスケジュールと活動内容が記載されていた。今後半年間で実施される様々な施策が時系列で示されている。
「特に最初の三ヶ月は社内啓発に力を入れます。セミナー、ワークショップ、社内SNSでの情報発信などを計画しています」
鈴木は次のスライドに移った。そこには「コアメンバー」という見出しとともに、何人かの名前が記載されていた。その中に河野と田中の名前もあった。
「このプロジェクトを成功させるには、優秀で熱意あるコアメンバーが必要です」鈴木は二人を見た。「そこで、河野くんと田中くんにもぜひ参加してほしいと思っています」
田中は目を輝かせた。「ぜひ参加させてください!」
一方、河野はまだ決断できずにいた。彼は鈴木と高橋を交互に見た。「具体的には、どんな役割になるのでしょうか?」
「河野くんには、プロジェクトのビジュアルアイデンティティを担当してほしいと考えています」鈴木は答えた。「ロゴやデザインガイドライン、各種資料のデザインなど。あなたのセンスと技術力は、このプロジェクトには欠かせないわ」
「田中くんには、メッセージング戦略を担当してもらいます」彼女は田中に向き直った。「コピーライティングとコンテンツ企画ですね」
二人の役割は、それぞれの専門性を活かしたものだった。河野は少し安堵した。少なくとも、彼らの実務能力が評価されているのは確かだ。
「このプロジェクトは、会社の将来を左右する重要な取り組みです」高橋が再び口を開いた。「参加することは、皆さんのキャリアにとっても大きなプラスになるでしょう。経営陣の目にも留まりますからね」
彼の言葉には、明らかな誘因が含まれていた。キャリアアップの機会を示唆することで、二人の参加を促しているのだ。
「どうですか?」鈴木が二人に問いかけた。「このプロジェクトに一緒に取り組んでもらえますか?」
田中はすでに熱心に頷いていた。「もちろんです!こんな重要なプロジェクトに関われるなんて、光栄です」
全員の視線が河野に集まった。プレッシャーを感じながらも、彼はもう少し考える時間が欲しかった。
「プロジェクトの趣旨は理解しました」河野は慎重に言葉を選んだ。「ただ、一つ質問してもいいですか?」
「もちろん」鈴木は微笑んだ。
「このプロジェクトは、どのような成功指標で評価されるのですか?」
鈴木と高橋は一瞬、顔を見合わせた。
「良い質問ですね」高橋が答えた。「短期的には、社内アンケートでの意識変化、セミナー参加率などを指標とします。中長期的には、女性管理職比率やLGBTQ+人材の採用・定着率の向上、さらには『働きがいのある会社ランキング』でのポジション向上も目指しています」
河野は頷いた。やはり、このプロジェクトにはビジネス上の明確な目標があった。それ自体は悪いことではない。しかし、そのために鈴木の個人的なアイデンティティが「利用」されているという側面も否定できない。
「わかりました」河野はようやく決断した。「私も参加します」
「素晴らしい!」高橋は満足そうに微笑んだ。「では、このプロジェクトをよろしくお願いします」
鈴木も嬉しそうに二人を見た。「来週月曜日から本格的に活動を開始します。まずは、キックオフイベントの準備からですね」
会議は予定より長く続き、プロジェクトの詳細について話し合われた。しかし河野の頭の中では、別の思考が渦巻いていた。彼は本当に正しい選択をしたのだろうか。
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会議が終わり、河野と田中はオフィスに戻る途中だった。
「すごいよな!」田中は興奮していた。「まさか俺たちがこんな大きなプロジェクトに選ばれるなんて」
「そうだね」河野は曖昧に答えた。
「どうした?あまり嬉しくなさそうだな」
河野は少し考えてから、正直に言った。「いや、嬉しいよ。ただ…少し考えることがあって」
「何だよ、言ってみろよ」
「このプロジェクト、確かに意義はあるけど…何というか…」河野は言葉を探した。「鈴木さんのカミングアウトがあまりにもタイミングよくこのプロジェクトに繋がったことに、少し違和感を感じるんだ」
田中は少し驚いた顔をした。「え?どういうこと?」
「考えてみてよ。鈴木さんのカミングアウト、社内SNSでの拡散、経営陣からのメッセージ、そして突然のプロジェクト発足。すべてが数日で起きた。これって偶然なのかな?」
田中は眉をひそめた。「まさか…鈴木さんのカミングアウトが会社の戦略だったとでも?」
「そこまでは言わないけど」河野は周囲を見回して小声で続けた。「少なくとも、彼女の個人的な告白が、会社の都合のいいように利用されている可能性はあると思う」
「でも、それならなんで鈴木さん自身がプロジェクトリーダーを引き受けたんだよ?」
「それは…」河野は言葉に詰まった。確かにその点は説明がつかない。鈴木は誰かに強制されているようには見えなかった。むしろ、彼女自身が情熱を持ってプロジェクトを語っていた。
「まあ、陰謀論を考えるのはやめようぜ」田中は肩をポンと叩いた。「大事なのは、俺たちが面白いプロジェクトに参加できるってことじゃないか」
河野は苦笑した。「そうだね、君の言う通りかもしれない」
二人がデスクに戻ると、周囲の同僚たちが興味深そうな視線を送ってきた。どうやら、彼らがプロジェクトのコアメンバーに選ばれたことは、すでに噂になっているようだった。
「河野くん、田中くん、おめでとう」デザイン部の木村が声をかけてきた。「すごいチャンスだね」
「ありがとう」河野は微笑んだ。
「ぜひ私たちも巻き込んでね」別の同僚も加わった。「このプロジェクト、会社中が注目してるよ」
河野は同僚たちの言葉に礼を言いながらも、内心では複雑な思いがあった。彼らの目には、プロジェクトメンバーに選ばれた自分たちが「特別」に映っているのだろう。そして、それが新たな区別を生み出しているようにも感じた。
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昼食時、河野は一人で社外に出た。少し距離を置いて考える時間が必要だった。近くの公園のベンチに座り、コンビニで買ったサンドイッチを食べながら、朝の会議のことを思い返していた。
「一人で食べてるの?」
突然の声に顔を上げると、佐藤真由子が立っていた。
「佐藤さん」河野は少し驚いた。
「ここに座ってもいい?」
「どうぞ」
佐藤はベンチに腰掛け、自分のランチボックスを開けた。二人は少しの間、黙って食事をしていた。
「会議はどうだった?」佐藤が先に口を開いた。
「プロジェクトに参加することになりました」河野は答えた。
「そう」佐藤は静かに頷いた。「決断したのね」
「はい」河野は佐藤の表情を探った。「佐藤さんは誘われたけど断ったと言っていましたよね。理由を聞いてもいいですか?」
佐藤は少し考えてから答えた。「私にも個人的な事情があるのよ」
「個人的な事情?」
佐藤は河野をじっと見た。「私も実は、セクシュアリティのマイノリティよ」
河野は驚いて佐藤を見た。彼女がそんな告白をするとは予想していなかった。
「でも、私はそれを職場で公表するつもりはないの」佐藤は続けた。「それは私のプライベートな部分であって、仕事とは分けて考えているから」
「なるほど」
「だから、このプロジェクトの方向性には少し違和感があったの。個人的なアイデンティティが、会社の戦略や同僚との関係性を左右するべきではないと思うから」
河野は佐藤の言葉に深く頷いた。彼女の考えは、自分の中にあった違和感と重なる部分があった。
「でも」佐藤は付け加えた。「それは私の考え方であって、鈴木さんが間違っているとは思わないわ。彼女は彼女なりの信念を持って行動しているはずよ」
「そうですね」河野は同意した。
「あなたはどうして参加を決めたの?」佐藤が尋ねた。
河野は正直に答えた。「まだ自分でも理由はよくわからないんです。違和感はあるけど、だからといって反対する明確な理由もない。そして、もし内側にいれば、何か変えられることもあるかもしれないと思って…」
佐藤は微笑んだ。「なるほど。それは賢明な判断かもしれないわ」
二人は再び沈黙の中で食事を続けた。しばらくして、佐藤が再び口を開いた。
「河野さん、一つだけアドバイスしてもいい?」
「はい」
「このプロジェクトでは、常に自分の直感を信じて」佐藤は真剣な表情で言った。「何か違和感を覚えたら、それを無視しないで。そして、自分の考えを持つことを恐れないで」
「ありがとうございます」河野は心から答えた。
佐藤は立ち上がり、ランチボックスを片付けた。「さて、戻らなきゃ。午後も会議があるの」
「佐藤さん」河野は彼女が去る前に声をかけた。「なぜ私にこんなにアドバイスしてくれるんですか?」
佐藤は少し考えてから答えた。「あなたの目に見えた疑問が、私自身も感じていたものだったから」彼女は小さく微笑んだ。「それと、このプロジェクトには、あなたのような視点を持った人が必要だと思うから」
佐藤が去った後、河野はベンチに座ったまま、彼女の言葉を反芻していた。「自分の直感を信じる」——それは簡単なようで難しい。特に、周囲の流れが一方向に向かっているときには。
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午後、河野はデスクに戻り、通常業務を再開した。しかし、プロジェクトのことが頭から離れない。彼はパソコンで新しいドキュメントを開き、プロジェクトに関する自分の考えや疑問を書き出し始めた。
「何してるの?」
突然の声に、河野は慌ててドキュメントを閉じた。振り返ると、鈴木が立っていた。
「あ、いえ、ちょっとメモを…」
「プロジェクトのアイデア?」鈴木は微笑んだ。「熱心ね」
「はい、まあ…」
「実は、今日の会議での質問、とても良かったわ」鈴木は椅子を引き寄せて座った。「成功指標について考えることは重要よ。多くの人は表面的な活動だけに目を向けがちだけど、本当に大切なのは、具体的な変化を生み出すことだもの」
河野は少し驚いた。鈴木は彼の質問を高く評価していたのだ。
「ありがとうございます」
「それと」鈴木は少し声を落とした。「あなたが感じている違和感についても、わかってるわ」
「え?」河野は思わず声を上げた。
「会議での表情や、この二日間の様子から察したの」鈴木は穏やかに言った。「急速な展開に戸惑いを感じているんでしょう?」
河野は言葉に詰まった。否定することも肯定することもできなかった。
「大丈夫よ」鈴木は続けた。「正直なところ、私自身もこの急展開には驚いているの。カミングアウトしたら、こんなに大きな反応があるとは思わなかった」
「そうだったんですか?」
「ええ」鈴木は少し考え込むような表情を見せた。「もちろん、ダイバーシティ推進には前から関心があったし、会社にも提案していたの。でも、こんなに急速に動き始めるとは予想していなかったわ」
河野は鈴木の言葉を注意深く聞いていた。彼女の表情や声のトーンからは、嘘をついているようには感じられない。
「でも、せっかくのチャンスだから、最大限活かしたいと思ってる」鈴木は前向きに言った。「このプロジェクトを通じて、本当の意味での多様性と包括性を実現したいの」
「本当の意味での…ですか?」
「ええ」鈴木は真剣な表情になった。「ダイバーシティが単なるスローガンや、企業イメージのための道具になってしまうことは避けたいの。私たちが目指すのは、一人ひとりが本当に自分らしくいられる環境づくりよ」
河野は鈴木の言葉に、心から共感できる部分を感じた。彼女自身も、このプロジェクトが表面的なものに終わることを懸念しているのだ。
「だからこそ、あなたの視点が必要なの」鈴木は河野の目をまっすぐ見た。「時に疑問を投げかけ、本質を見失わないよう導いてくれる存在が」
河野は驚いた。鈴木は彼の違和感を問題視するのではなく、むしろ価値あるものとして捉えていたのだ。
「わかりました」河野は頷いた。「精一杯貢献します」
「ありがとう」鈴木は立ち上がった。「来週のキックオフが楽しみよ」
鈴木が去った後、河野は複雑な思いで彼女の後ろ姿を見送った。鈴木の言葉は誠実に感じられた。しかし、それでも彼の中の違和感は完全には消えなかった。
この先、プロジェクトはどう展開していくのだろう。そして、自分はその中でどのような役割を果たせるのだろうか。
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その日の終業後、河野は田中と近くの居酒屋で軽く一杯やることになった。二人ともプロジェクトメンバーになったことを祝う意味もあった。
「乾杯!」田中はビールジョッキを掲げた。「これからよろしく頼むぜ、パートナー」
「こちらこそ」河野もグラスを合わせた。
一口ビールを飲んだ後、田中が言った。「今日の午後、鈴木さんと話してたみたいだな」
「ああ、プロジェクトについて少し」
「なあ、午前中に言ってた疑問は?まだ引っかかってるのか?」
河野は少し考えてから答えた。「正直なところ、完全に解消されたわけじゃない。でも、鈴木さん自身も、このプロジェクトが表面的なものにならないよう考えているみたいだ」
「それなら良かったじゃないか」田中は安心したように言った。「俺も正直、会社の評判のためだけのプロジェクトなら、あんまり関わりたくないしな」
「そうだね」
「でも、河野」田中は少し真剣な表情になった。「お前が言ってたことも、ある意味では正しいと思うんだ。会社としては、鈴木さんのカミングアウトを好機として捉えたのは間違いないだろうな」
「そう思う?」
「ああ。でも、それは必ずしも悪いことじゃないと思う」田中は続けた。「目的が良ければ、その動機が少し打算的でも、結果としていい変化が生まれるなら、それでいいんじゃないか?」
河野は田中の言葉を考えた。確かに、それも一つの見方だ。完璧な動機や理想的なプロセスを求めすぎるのは、現実的ではないかもしれない。
「それに」田中は笑顔を見せた。「俺たちがメンバーなら、自分たちの信じる方向に少しでも導けるだろう?」
「うん、その通りだね」河野は頷いた。
二人は他の話題に移り、仕事のこと、プライベートのこと、そして将来の夢について語り合った。ビールが進むにつれ、河野の気持ちも少し軽くなっていった。
外に出ると、東京の夜は冷え込んでいた。二人は駅まで歩きながら、来週から始まるプロジェクトについて話した。
「俺、ワクワクしてるよ」田中は素直に言った。「何か新しいことが始まる感じがする」
河野も微笑んだ。「そうだね」
駅で別れる前、田中は河野の肩を叩いた。「お前の疑問や違和感も大事にしろよ。それがこのプロジェクトを本物にするんだから」
「ありがとう」河野は心から感謝した。
帰りの電車の中、河野は窓に映る自分の顔を見つめながら考えた。この数日間で、彼の周りの世界は急速に変わり始めていた。カミングアウト、プロジェクト発足、そして自分自身の役割。
彼はスマホを取り出し、さっき閉じたドキュメントを再び開いた。「プロジェクトの真の目的とは」というタイトルの下に、いくつかの箇条書きがあった。
そこに、新しい一行を追加した。
「本質を見失わないこと。そして、自分の声を大切にすること」
河野は深呼吸をした。明日からの日々は、きっと今までとは違うものになるだろう。しかし、彼は自分の感じる違和感を大切にしながら、このプロジェクトに向き合っていくことに決めた。それが、自分にできる最善の貢献なのかもしれない。
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