【3-2j】 いしのなかにいる
……起動チェック……
……適合率──73%
……身体座標、同期開始
……セーブポイント/局所名:ミルクレート303
……想起まで、あと──1.2秒
目が覚めた、と思ったのは、
たぶん、呼吸が空気を拒んだからだった。
「ここ、濃度がエグい……無理しないで」
聞こえるのと同時に、口を何かが覆った。
マスク。酸素吸入。肺にすがすがしい空気が流れ込み、逆にむせた。
「だいじょうぶ? 名前はわかる? ジョバンニ?」
「ああ、大丈夫だよ、ネルラ」
ネルラは泣きそうな笑顔で、笑って、抱きついた。
その瞬間、ぼくはなぜかこう思った。
──名前を呼ばせて確認するのって、騙られたらどうするんだろう?
そんなぼんやりした疑念を抱きながら、彼/彼女の頭をぽんと撫でた。
このゆるさ、無防備さ。
そして、心から「リスポーン」に喜んでくれるこの感情。
ネルラだ。間違いない。
ただ、胸の中にはまだ血も記憶もなかった。
砂糖のような甘さと、空虚だけがあった。
「よかった……戻ってこれた」
懐かしいようで、どこか違うトーンのその声は、かつての彼/彼女と同じではなかった。
「ここ、絶対時間で300時間。あと数時間遅れてたら、破棄されてたよ」
「その場合、2個前のセーブポイント……1038時間前にリスポーンしてた」
数字の意味が、少しずつ脳に流れ込んでくる。
──1038時間。
それは、ぼくが勝ち取った戦績。
カンパネルラとの約束。仲間の笑い声。
そして、あの最後の叫び。
「……全部、消えてたかも、ってこと?」
ネルラは頷いた。
口元に手を当てて笑うしぐさだけが、昔のままだった。
「そもそも君、分解進行がかなり進んでて……戻せたの、七割くらい」
「残りは、戦闘損失と……精神浸蝕でロストしてる」
自分の手を見た。
指が一本多い気がした。あるいは、足りないのかもしれない。
ネルラの髪は──昔は長かったっけ? 短かった?
胸があるようで、ないようで、声も半分ずれている。
「……ネルラ、おまえ……その……」
「うん。混じってる」
「ガス状況でマスクに食らって、喉まで焼けたよ」
「損失分を補うために、現地調達の“素材”を使った。すこし声は高くなったけど、詠唱効率は23%上がったよ」
ネルラは首元を引いて見せる。
まだ馴染まない皮膚の色。そこには他人の喉が居座っていた。
「……それに、ぼくたちはまだ“性別ない”じゃん。市民じゃないし」
ぼくは何も言わなかった。
ただ、記憶の残り香が、砂糖みたいに苦かった。
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