【1-6r】公務員だけど恋愛バフが強制インストールされて、異世界の誰かにドキドキが止まらない
『しまった、スカートで来てしまった』
異世界転生の受付業務を急に任されたとき、真っ先に浮かんだのがこの一言だった。
背筋が凍る思いがした。
これはまずい。非常にまずい。
異世界転生者は「水の子宮」と呼ばれる、粘性のある球状の水の中に生成され、受付者の足元へと転がり落ちてくる。そして、状況を確認しようと、必ず「上」を見上げる。
足元から──スカートの中を。
私が恥じるのは、裸体や下着の布一枚がどうこうという話ではない。
むしろ私は、局のキャンペーンで行われている青年反セックス運動に賛同していて、バッジまでつけている。最初は周囲の空気に流されてなんとなく参加したものだったけど、今となっては外部からの誘惑を断る言い訳にもなるし、何より便利だった。
「誘われない」という状態は、断る必要すらないということだ。
それは、想像以上に平穏でありがたい生活を与えてくれた。
恋や愛、子どもを持つことが素晴らしいという話は知っている。
けれど、私のような王国下級職員にとっては、そうした感情は日々の業務の灰色のタスクに埋もれてしまっていて、掘り起こす余裕もないだけなのかもしれない。
だから──別に、パンツが見られたってどうということはない。もういい年齢だし。
それに、最初の処理で「公衆衛生プロトコル」がインストールされれば、視覚妨害フィルターがかかる。下着を含む性的部位には黒塗りの視覚制限がかけられる仕様になっていて、「プレイエリアの外です」と表示されるらしい。
実際にその処理が発動する場面なんて見たことはないけれど。
それに相手が異性とも限らない。最近では女性の転生者も珍しくない。
……どちらにせよ、見られたいわけではないのだけど。
でも、今の私が凍りついているのは──
「自分の体の性的価値なんてどうでもいい」と思っていたはずの私が、「異性」、つまり「男性」に「下着を見られるかもしれない」と意識してしまった、という事実だった。
「そういえば、寝る前に倫理系アップデートがあったような……」
夜な夜な教会の鐘とともに、思考倫理のアップデートが意識にインストールされることがある。私は几帳面なほうではないから、「はい」と無意識に選択して、処方された睡眠魔法を発動させて寝たことくらいしか覚えていない。
──その中に、私にだけ向けられた「恋愛補助バッジ」でもあったのだろうか?
愛情省や教会が出生率や経済刺激策の一環として、恋愛促進のバッジを配布することは珍しくない。官報に載るほどオープンな施策で、誰もが知っている。
恋をして、運命を感じて、幸せになる。それは歓迎されるものだ。
けれど、私の場合はおかしい。
異世界転生受付を任されて「スカートであることを気にした」そのタイミングと感情の動機が、どうにもおかしすぎる。
きっと、私の「運命の人」は──
このあと転生してくる誰かで、「その人に恋をする」。そんな予感が、私の中にある。
それがもし、恋愛補助の魔法的干渉によるものだとしたら。
そんな高位の魔法リソースを、私のような場末の下級職員に割くだろうか?
だとすれば、今回の転生者は、相当に重要な人物なのかもしれない。
その人と接触する私にも、何かが期待されているのか。それとも──ただの慰みものなのか。
受付業務の時間が迫る。
必要なものをバッグに詰めて、私は転送室へと向かった。
指示書に書かれた転送先は「404号室──扉のない部屋」。
使用許可証と身分証、荷物をまとめて転送受付に渡す。
魔法陣を確認しながら、受付の女性が私を見て言った。
「……あら?なんかいいことあった?」
顔見知り程度の彼女だ。廊下や食堂で何度かすれ違ったことがある。
「いえ、まったく?」
私はため息まじりに答える。
「そう?なんか……ワクワクしてる顔。恋してる目だよ、それ」
──たしかに。
私は、これから出会うはずの、知らない誰かに会うことにワクワクしている。
してしまっている。
どこかの誰かが、私の心にこっそり差し込んだ毒のように。
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