第2話 忠義の剣と最初の笑顔
部屋の外は眩いばかりの陽光が差し込み、王都アルテミシアの街並みが眼下に広がっている。金色の屋根が連なり、魔法で管理された美しい庭園が点在し、まるで精巧なジオラマのようだった。
――でも、その美しい景色とは裏腹に、俺の心は沈み切っていた。
異世界召喚、勇者任命、そして美少女だらけのハーレム状態。
「マジで何がどうなってんだよ……」
呟きながら頭を抱えていると、控えめなノック音が響いた。
「勇者様、入ってもよろしいでしょうか?」
透き通った声。返事を待たずに扉が開き、銀の鎧をまとったリリスが姿を現す。
「――早速だが、剣の訓練に入らせてもらう」
リリス・グレイハート。この世界で最初に俺に忠誠を誓った護衛騎士。淡い金髪は日差しを浴びて輝き、碧眼はまるで氷のように澄んでいる。美しさというより、もはや神聖さすら感じるほどだ。
「あのさ……俺、本当に勇者なのか? 別に剣とか得意じゃないし、戦うなんて無理だと思うんだけど」
「だからこそ、訓練するのだ」
リリスは淡々と答える。彼女の無表情な瞳が、俺の言葉を拒絶するかのように冷たく感じられた。
「わかったよ……」
俺は諦め半分で椅子から立ち上がり、リリスに促されて訓練場へと向かった。
⸻
訓練場は城の裏手にある石造りの広場だった。中心には青白く輝く魔法陣が描かれ、武具がずらりと並ぶ。
「これを使え」
リリスは木剣を一本投げ渡してくる。俺はそれをぎこちなく受け止めるが、その重量にすら戸惑ってしまう。
「まずは構えだ」
リリスは俺の前に立ち、自然な動きで剣を構える。息をのむほど美しく、そして完璧なフォームだった。
「真似てみろ」
彼女の動きを見よう見まねで真似てみる。だが、当然のようにうまくいかない。
「背筋を伸ばせ。足の位置が違う。剣先を上げろ」
冷静な声で次々と指摘され、次第に俺の心は折れかけていく。
「ちょっと待って、いきなり全部は無理だって!」
「実戦は待ってくれない。敵は、お前が準備できるまで攻撃を控えるような優しさなどない」
正論だが、容赦がない。
「でも――」
「言い訳をするな。お前は勇者として選ばれた。力がなければ、生き延びることすら叶わない」
リリスの瞳には迷いがない。その真っ直ぐすぎる視線が痛かった。
⸻
数時間後、俺は訓練場の地面に倒れ込んでいた。全身の筋肉が悲鳴をあげ、呼吸すらままならない。
「はぁ……もう、無理……」
リリスはそんな俺を見下ろしながら静かに言った。
「確かに、お前は剣に向いていないかもしれない」
「だろ……?」
「だが、根性だけは評価してやる」
彼女はわずかに表情を緩めた。その微笑みは一瞬で、見間違いかと疑うほど儚かった。
「え、今、笑った?」
「……さあな」
リリスは背を向け、訓練場の出口へ向かう。その背中を見つめながら、俺は自分の胸が高鳴っているのに気がついた。
⸻
部屋に戻った俺はベッドに横たわり、天井を見上げた。
リリスの笑顔。その一瞬が、どうしてこんなに頭から離れないのか。
――だが、このときの俺にはまだ想像すらできなかった。
彼女の微笑みが、この世界の破滅への扉を開くことになるとは。
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