10、レストランの床の染み
そのレストランの中に空いた穴からは、まだ食べかけのハンバーグステーキから漏れ出た牛肉の血液が、すべすべに磨かれ、塵一つさえない大理石張りのフロアーに滴り落ち、地面に異様な模様の染みを作り続けていた。レストランの店員は、金曜の夜ということで、近くのオフィスビルに、その本社を構える商社の宴会で大忙し。まさかテーブルにナイフが20センチメートルも突き刺さり、老舗の伝統ある大理石の床を汚しているとは思わなかった。それに彼らのうちの多くは、アルバイトだった。彼らにとって、大切なことはいかに自分の労力出し惜しみ、その上でいかに高い時給の仕事をするのかだった。床に染みが出来ようと、出来まいと、自分たちとは関係がなかった。
その血は、レストランの床に空いた小さな隙間から、またその裏側にある場所に吸い込まれていった。私たちには知られることがない、ある奇形の染みの、その目の部分には、物理的な宇宙の法則を、一時的に変化させてしまうような力が発生していた。その目の中心部では、南は北になったし、左右や上下といった観念そのものが意味を変化させていた。時間さえ、直線的には進まなかった。目の中心部分には、何かどんよりとした渦のようなものが点滅していて、光を発してはいないのに、人間の目に映るときには、様々な色が点滅して回転しているように映った。時にはリンゴのように赤くなったり、バナナのように黄色くなったりした。既に散ってしまったはずの桜の木でさえ、その穴の中ではいまだに満開の花びらで、咲いていた。
うたかたの日々 yayuyo3 @yayuyo3
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