7、薄い壁の向こうの景色
555―5〇55―5×55と私は気づいたときには、ダイヤルを押していた。
公衆電話のNGTと書かれたロゴは、もう使い道がなくなった公衆電話さながらに、息を引き取る寸前だった。それを見て、いてもたってもいられなくなった僕は、どうにかして彼に延命措置を施さなければならないと、もしかしたら躍起になったのかもしれなかった。時速60キロは出ていた。しかし、夜の月があまりに丸くて、黄色かったから、ぼくはそのとき自分の命も顧みずに、シートベルトを外し、車の窓を開け、その隙間20センチくらいのところに、自分の体を平べったくして押し込んだ。スポンという音とともに、縮んだ体がもとの大きさに戻り、その反動でその公衆電話のところまで私は飛んでいった。
しかし、すでにそのときNGTは息絶えていた。一筆書きで書かれたNGTのロゴは、その途中でパツリと斧で切断されたようにねじ曲がり、切断面の先っぽからはこげ茶色の液体が心臓のリズムに合わせて、放出されていた。人間と同じように、ロゴもまた息絶えようとしていた。最終的には、一本の縄跳びの縄のようにだらんと冷たいコンクリート面の上に広がり、地面にその生きた証拠を焼き付け、刻印したのちに動かなくなった。手で触ると呪われそうだったので、桜の木の枝の先端で軽く突いてみたが、既に体の水分は蒸発していて、突いた場所から形は崩れ、風に吹かれて飛んで行った。
緑色の公衆電話の電話機もまた、ゼーゼーと音を立てながら呼吸をしていた。ボックス全体が大きく膨らんだかと思うと、縮まるという収縮運動を繰り返しており、桜の木の根から出る毒が彼らの命を奪っているようだった。
「いつもこの時期になると苦しいんだ」と公衆電話が言った。
どこかでカエルの鳴き声のようなカモの鳴き声が響いた。公園には池があり、池にはこの季節カモが降り立つ。それはどこか啓示じみた響きを伴っており、公衆電話と僕の孤独を余計に際立たせ、春の公園に咲く桜の花びらを大量に宙に舞わせた。その桜の花には一枚一枚、月の模様が刻印されており、彼らもまた自らの意思ではなく、NGTを死に追いやってしまったことに、罪悪感を覚えているようだった。
フーリエと、サリーはもう戻ってこなかった。私が突然、車の中から出て行ってしまったから、怒っているのかもしれなかった。彼らは、公園と道路を挟んだ向こう側の薄い壁の中にいて、車のライトが点滅している様子が滲んで見えた。
そのとき、私と同じ形状をした人形のようなものが、そのバックミラーに写っていることに気付いた。その人形のようなものは、そこに座っていた。車の車内、公園から遠ざかっていくその乗り物の中にまだ、自分の形をしたものは座っていて、今いるこの場所からかなりのスピードで遠ざかっていた。
カエルのような声のカモの声が、また肌寒い公園の空気を震わした。庭のカモが飛び立ち、西の空の方向に飛び立っていった。彼らは同じリズムで羽を羽ばたかせ、どこか、ここではないどこかへ向かって飛び立った。私たちは、ひっそりとした夜の闇の中に、気配を感じた。どこかで誰かが私たちのことを見ているように感じた。ただ自動販売機だけが、青白い光を煌々と発していた。
壊れた電話ボックスの中に入ると、僕は5〇5―×555―55〇5×とダイヤルを押していた。気づいたときには。
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