第6話 唐突に現れる強敵
「取り敢えず、状況は落ち着いてきたな」
「そうですわね」
ゼクスたちを呼び出してから二週間が経過した。あれから、ゴブリンの巣穴を中心にマナクリスタルをコンスタントに集め続けた結果、量産機は三十機まで増強された。
現在は、拠点防衛に一チーム、ダンジョン入口の哨戒に一チーム、そしてダンジョン探索に三チームを割り振って行動している。
その結果、俺は無理にダンジョンに入る必要がなくなり、拠点で過ごす時間が増えていた。
「楽なのは良いことだが、いざこうなると退屈さを禁じ得ないな」
「平和なのは良いことですわ」
今の俺の主な役割はマテリアライズ係だ。探索チームの消耗品や拠点に必要な生活設備、物資などを日々作り出している。初期は居住用の建物や生活必需品の作成で忙殺されたが、それもようやく一段落ついた。セシリアの言う通り平和だが、心のどこかで何かしらの変化を求めている自分がいた。
何しろ……
「今頃最前線についてるかな?」
ダンジョンは見た目以上に単純な構造だった。
探索を進めるうちに、ダンジョンは円状に広がっているのではなく、ほぼ一本道であることが判明したのだ。
入口から後方百メートル、左右五百メートル地点には見えない壁が存在し、それ以上進むことはできない。
しかし、入口正面方向は奥へと続いており、現在は、最初の地点から一キロメートルほどの場所を探索中だ。
「おそらくは。今回こそモンスターの再出現を確認できればよいのですが……」
今の懸念点は、まさにそれだ。
これまでの生活でダンジョン外で発見できたモンスターは、最初に遭遇した大型狼と巨大蟻のみ。逆にダンジョン内では同型の狼と蟻を始め、様々な種類のモンスターを確認できた。
そのため、あの二種類のモンスターはこのダンジョンから出てきた可能性が高いと考えた。
少なくとも、蟻はあんなにも近くに群れを形成していたのだから、そう確信している。
だから、安易かもしれないがゲームのようにモンスターはダンジョン内で定期的に再出現するのではないかと予想していたのだ。
だが、今回の探索でその兆候が見られなければ、マナクリスタル安定確保のためにモンスターの養殖すら考慮に入れなければならないだろう。
しかし、マナクリスタルに変換できるようなモンスターが普通の生命体のような生態をしているのだろうか?
不安は尽きないが、今は探索部隊からの報告を待つしかない。
空間が断絶していたりするのか、ダンジョンの内外で部隊に持たせた通信機が繋がらないのが何よりもどかしい。
「ご主人様。ご主人様」
「うん?」
「えい」
ポフッ、といつの間にか、俺の頭は前から襲来してきたセシリアの柔らかな胸に包まれていた。
「セシリアさん?」
「抱きつきたくなりました」
そう言うが、声色的にはシリアスなセシリアさん。
何か心配させたか?
「せっかく時間があるのですから、かまってくれなきゃ
「
それにしても唐突な。
「それにいずれ問題は起きますわ。私達の望みと関係なく」
だから……今ある時間、そして私のことも、大切にしてほしいですわ。と彼女は言う。
「……そうか」
ああ、そうだな。
今、俺が焦ったところで、どうしようもない。
最初と違って、今はマナクリスタルにも余裕がある。量産機による部隊も、頼もしい戦力に成長した。
そして何より、俺の隣にはセシリアがいる。
きっと、何も問題はない。この胸に湧き上がる漠然とした不安も、きっと乗り越えられる。
セシリアは、それを教えてくれた。意識的なのか、それとも無意識的なものなのかは分からない。もしかしたら、ただ彼女が自分の感情に素直に従っただけなのかもしれない。
だけど、俺を想ってくれる彼女の気持ちは、間違いなく本物だ。
「なら、ハニーの想いに応えなきゃな」
「そのとおりですわダーリン。さあベッドへ行きましょう」
「あれ? そういう流れ?」
「さあ参りましょう」
「わー初日以来のお姫様抱っこだね。じゃなくてさ」
「良いではないか良いではないか。ですわ」
「俺が言うべき台詞じゃないかなそれ?」
なにはともあれ、俺はセシリアのお陰で平静でいられるのだった。
─────────────────────
「状況は!?」
「イエロー03、左腕破損! 盾も壊れちまった!」
「レッド01、剣破損! 掠り傷しか喰らいやがらなかった! 弾で牽制してるが全然怯まん! ……クソッ出ねぇ!」
ダンジョン 一キロメートル地点。そこでは未知の強敵との間で激しい死闘が繰り広げられていた
「オレンジ02。指示通り牽制射撃中。目立った効果なし」
「ブルー04。エネルギーブレード使用。同じく効果なし」
「グリーン05、新たな敵影を確認! 数五! 同型と思われる!」
相対する敵は、人型だった。二の腕は丸太のように太く、体躯もそれ相応。赤褐色の肌を持つその敵は見た目に違わぬ力を見せ、拳を振り下ろしただけでイエローの腕を盾ごと壊してみせた。
それが、後に彼らがオーガと呼称するモンスターだった。
「スモークディスチャージャー展開! 全機撤退準備!」
『了解!』
グリーン05の背部ユニットから、濃密な煙が勢いよく噴き出した。それは瞬く間に戦場全体を覆い隠す。
オーガは鬱陶しそうに巨腕を振り回すが、煙はなかなか晴れない。
その状況に苛立ったのか、オーガは無差別に拳を地面に叩きつけ、その度に大地が大きく揺れた。
そうして、ようやく煙が薄れてきた頃には、ゼクス率いる探索部隊は既に戦場から完全に離脱した後だった。
「探索部隊へ通信。全機、速やかに撤退。哨戒部隊へ、司令官への状況報告を要請せよ」
「了解」
初めての敗走だった。
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