第8話 蘭という少女

「こら!おとなしくしてろ!」

暗くじめじめした牢獄で兵士たちの声が響く。

「離せ!!」

兵士に連れられ、ザクラは鈴たちとは違う牢獄房の部屋に入れられた。

「…やれやれ。」

「ここで大人しくしてろ。」

ザクラは軽く“鬼姫モ-ド”で、兵士たちを睨みつける。しかし兵士たちはビビることなく、さっさと牢獄を出ていった。

ザクラは深いため息をつくと、拘束されている両手に力を入れた。

「おりゃっ!」

すると、両手の縄はするりとほどけた。

さて、この後はどうするか。

身体が自由になったザクラは、脱獄の方法を考え始めた。


一方星利たちも脱獄できないか、作戦会議をしていた。

すると、そんな星利たちの牢に、再び兵士たちがやってきた。

傍らには、うつむいて暗い顔をした少女がいた。

兵士は星利たちの隣の牢を開け、少女をそこに押し込んだ。

少女は牢の床に倒れ込む。

「わっ!?」

兵士たちは少女に対し、冷ややかな目線を送ると牢を去っていった。

「ちょっと!大丈夫?!」

鈴は鉄格子越しに少女を見る。

少女はその声に反応しない。

「……ねぇ、大丈夫?」

すると少女はうつむいた顔を上げて、鈴たちを見る。

少女の顔は土やらで汚れており、その瞳は死んだような目をしていた。

「…大丈夫です」

少女はそう言うと、再び顔をうつむいた。

鈴たちはそれをみて、顔を見合わせた。


「…なぁ。春風、いまどこにいるんだろうな」

「そうね…」

と、その時。

牢に靴の踏み鳴らす音が響いた。

やがて音は近くなり、音の主は星利たちの牢の前で立ち止まった。

立ち止まったのは軍服姿の兵士だった。

「…何だよ、兵士さん」

星利は、軍服姿の兵士に向かって悪態をつく。兵士は帽子を深く被っており、その表情は見えない。

すると、兵士は懐から何かを鍵穴に差し南京錠を開けた。

「え?」

「…兵士さん。こんなことして、あんたの身の上大丈夫?」

北斗たちは、兵士が扉を開けたことに不思議に思い、兵士を不審がる。

すると兵士が口を開けた。

「兵士さん、だなんて、言うんじゃないよ」

そう言って、兵士は深く被った帽子を取った。

黒い長髪が現れ、なじみのある顔が現れた。

「助けに来たよ」

軍服姿のザクラはそう言ってを聞いて、にこりと笑った。

鈴らは、兵士がザクラだと気づくと、牢から外へ出た。

「ザクラ、その服どうしたの?」

鈴はザクラの軍服姿を見て言った。

「あのあと、自力で脱出したのはいいけど、鈴たちの牢が分からなくてね。

そのままだとヤバイからと思って、誰もいない更衣室に忍び込んで、この軍服を着たの。で、この城の兵士に化けて他の兵士から鈴たちの牢を聞いたってわけ」

ザクラはそう言って、軍服を脱ぐ。

「ちょ、ちょっと!?」

脱ぎ出すザクラに男2人は慌てる。

「あ、大丈夫大丈夫。中に着てるから」

兵士になる前の服の上に軍服を着ていたらしく、中から私服のザクラが現れた。

「はぁ、暑かった…!」

「そりゃそうでしょうよ」

と、その時、ザクラは鈴たちのいた牢の隣の牢に、少女がいるのを見つけた。

ザクラは少女の牢に近づく。

ザクラは周りを見渡し、兵士がいないことを確認する。

「…あなたが、蘭ちゃん?」

「なんで、私の名前を…?」

ザクラが“蘭”と口にした時、少女が驚いた。

「鈴たちの牢の場所を探っている時に、たまたま騒ぎを聞いてね。今までずいぶん大変だったんだね」

思いがけないザクラの優しい言葉をきき、蘭は泣き出しそうな顔になる。

「ちょっと待ってて。今開ける」

そして、鈴らの牢の南京錠を外したように、鍵で少女の南京錠を開けた。

「…私たちは、これからこの城にいるイルカを助けに行くんだけど、いっしょにくる?」

檻の扉を開けたザクラはそう言って、檻の中の少女、蘭に手を伸ばした。

「…いいんですか…?」

ザクラはそれに深く頷き、蘭、と呼ばれたその少女は檻から出てその手を取った。


一行は牢獄を脱出し、鈴が感じたイルカたちの居場所へ向かう。

それを追いかけ、敵が襲ってくる。

しかし、兵士たちは呪力避けの鎧を着ておらず、それどころか、丸腰も同然だった。そうとなれば、ザクラの武術が上になる。

「海救主どもだ!捕まえろ!」

「誰が捕まるって?」

ザクラは襲いかかってきた兵士に素早く蹴りをいれる。

「わあ!?」

兵士はそれをまともに受け、気を失った。

北斗たちが背後を見ると、ザクラが倒した敵がうしろでゴロゴロ倒れていた。

北斗たちがそんなザクラに恐れていたなか、ただ一人、蘭はキラキラした目でザクラを見ていた。


そして鈴が言った、地下2階につく。

そこにはたくさんの水槽があり、その水槽の中にイルカたちがいた。

「よし、ビンゴ!」

その声を聞いて、イルカたちは気がついた。

「あなたさまは!」

「あなたたちの仲間に助けを求められてね」

「ありがたいです。伝説の海救主さまが助けにきて下さるなんて」

「礼なら、君たちの仲間に言って。あの子たちが言ってくれなきゃ、私たちはこのことを知らなかったもの。

それで、イルカの姫さまはどこ?」

「この部屋をずっと奥に行ったところに、一際大きな水槽があります。姫さまはそこにいらっしゃいます」

「私たちはともかく、姫様を先に!」

「わかった、絶対助けにいく!だから待ってて!」

「はい!」

ザクラはそう言って奥へと走り出した。

「よし、いた!」

ザクラたちは奥にある大きな水槽にいるピンク色のイルカを見つけた。

「え、あなた様はもしや…」

水槽のなかのピンクのイルカはザクラに気づいた。

そして、首からかけている海宝石も気づいた。

「海救主さま!?」

ザクラはぺこりと頭を下げた。

「あなたのことを助けて欲しいと言われ、助けにきました」

「そんな…。ありがとうございます」

「礼なら、脱出が成功してから仰ってください」

すると、地響きが聞こえてきた。「!?」

床に亀裂が入り、天井からは欠片が落ちてくる。

「あ~、やっぱり!!相手は、私たちを城ごと滅そうとしているんだ!」

「早く逃げないと、城の瓦礫に埋もれるぞ!」

「分かってる。でもどうやってここから抜ける!?」

ここは城の最下階。ドアはすでに変形し、開けれない。

おまけにイルカたちを連れて脱出しなくてはならない。

ザクラたちは必死になって脱出方法を考える。

しかし、焦れば焦るほど考えが浮かばない。

それを嘲笑うかのように城の崩壊は進んでいく。


そのとき。

「あ、あの!私に考えがあります。」

今まで口を閉じていた蘭が声を上げた。

「え?!」

「私、この城に隠された脱出の道を知っています」

「でも、この部屋から出れないのよ?」

「脱出の道は、この部屋にあるんです」

「え!?」

「イルカのお姫さまのいる水槽の横に、棚がありますよね?その棚、動かして見てください。大きな穴があいているはずです」

北斗たちは蘭の言うとおり、棚をどかしてみる。すると、蘭の言うとおり、大きなほら穴が現れた。

「その穴、外の海につながっています」

「ナイス!蘭ちゃん!」

「い、いえ…」

すると、水槽の割れる音がした。

「きゃ!?」

城の崩れの影響でイルカの姫のいる水槽が割れていた。

「そっか…!!」

それを見て北斗は何かを思いついた。

「星利、みんな、イルカのいる水槽を急いで割ってくれ。俺は水槽の水をコントロールする栓を開けてくる。水槽を割ったらみんなイルカたちに乗ってくれ。これだけ水槽があるなら、かなりの水流で外に一気に抜けられる」

「なるほど」

ザクラたちは理解し、イルカのいる水槽を割り、イルカたちの背に乗った。

「それじゃ、水の栓を開ける!」

北斗もイルカに乗りながら火創主の力で水栓を限界まであけた。

すると、勢い良く水が溢れ、一行が乗ったイルカたちは穴の中を勢い良く進んだ。

やがて眩しい光が見え、ザクラたちは海の中へ飛び込んでいった。

ザクラたちは水面から顔を出す。

「脱出成功ですね、海救主さま」

「うん」

ザクラたちはそう言って崩れ行く城を見つめた。


「本当にありがとうございました」

あの後、イルカ達とザクラ達は船を停めた場所に戻った。

船を停めた場所は城から離れていたため、影響は受けていなかった。

「本当に、姫様と仲間が無事で何よりです」

「気をつけて帰ってね」

「はい!」

「あと、お名前教えてもらってもいい?」

「いいですよ。私の名前は、“エメラルド”と申します」

「ピンクなのにエメラルドなのか…。じゃあエメラルド。気をつけてね」

「はい。本当にありがとうございました。」

こうして、イルカたちは帰るべき場所である、イルカの国へ戻っていった。


「…さて、私達も戻りますか」

「そうね」

ザクラたちは船に戻ろうとしたその時。

「あ、あのっ!」

「ん?」

「わ、私も…。私も皆さんといっしょに旅をさせてもらえませんか!?」

蘭は真剣な顔でザクラたちを見つめた。

「…これからも大変なことがあるかもよ?死ぬかもしれないよ?それでも、私達と旅をしたい?」

その声は静かで、蘭に覚悟を求めた言い方だった。

「…それでも構いません。私は助けていただいた皆さんの側で生きたいんです!」

蘭はそれに負けじと、真剣な顔でザクラを見つめる。

「…わかった、いいよ」

「ありがとうございます!」

「ただし、これは、私の意見。他の人は分からないよ?」

「えっ!?」

ザクラと蘭は鈴たちを見る。

「私はOK。旅は人が多けりゃ多いほど楽しいし」

「オレもいいよ」

「俺も構わねぇよ」

ザクラはそれを聞いて、にこりと笑う。

「…満場一致。蘭ちゃん、私達と旅をしよう」

「ありがとうございます!私、皆さんのお役にたてるように頑張ります!」

こうして、城にいた一人の少女は、ザクラたちと共に旅をすることとなった。

ザクラたちを乗せた船は、再び大海原へ漕ぎ出した。

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海の御子 舞瀬 ゆき @3melody_mi

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