第7話 冒険者ギルド会議
「それでは定例会議を始めます」
冒険者ギルドの営業時間が過ぎた頃、この定例会議が行われる。
出席者は冒険者ギルドの王都リゼラート支部長、副支部長などの幹部クラスが主だ。
厳かな雰囲気で行われるため、最近会議に出席できるようになった者は肩身が狭い。
(うわぁ……私がこんなところにいていいの?)
受付嬢のラナはつい最近になって冒険者ギルドの受付部門の係長に就任したばかりだ。
部長の強い推薦とあって気合いを入れて会議に望んだものの、その錚々たる顔ぶれに気後れする。
このような場で自分に何の発言権があるのかとラナは早くも胃が痛くなった。
(支部長のあんな顔なんて見たことないわ……副支部長も支部長にゴマをすってばかりと思っていたけどあの顔つき……何より……)
ラナがもっともこの場で異質だと思っている存在が隣にいた。
「皆さん! 今日も張り切って会議をしましょう!」
なぜ昨年入ったばかりのクレアンがここにいるのか。
ラナは思わず支部長の顔を二度見してしまう。
「ラナさんもよろしくお願いしますね!」
「ク、クレアン、なんであなたがここに?」
ラナはおそるおそる支部長に目線で訴えた。
「今年から有望な新人には積極的に会議に参加してもらおうと思ってね。ラナ君、不満はあるかもしれないが理解してほしい」
「い、いえ! 私ごときが滅相もありません!」
ラナは当然初耳だ。
発言通りラナに不満はない。
ないのだが一切気後れする様子を見せないクレアンには疑問しかなかった。
「では本日の最初の議題は未達成依頼についてです」
会議進行役により会議は淡々と進む。
ラナの予想通り、彼女が口を出す余地などない。
ラナはなぜ自分がここにいるのかわからなくなっていたが――
「こちらの山岳ダンジョンは罠がたくさんあるということですね! それでしたらD級冒険者のラッパさんを薦めます!」
クレアンが一切の遠慮を見せずに大声で意見を述べた。
「クレアン君! キミィ! 口を慎みたまえ! 山岳ダンジョンは最低でもC級でなければまともに戦えんのだよ!」
「副支部長、いいんだ」
「ハッ!」
支部長が副支部長を諫めた。
ラナは何が起こっているのかまるで理解できない。
支部長ほどの人物がなぜクレアンの自由すぎる発言を許すのかと頭の中にクエスチョンが渦巻いている。
「ラッパさんは各国を渡り歩いて罠撤去活動に勤しまれております! 世界には戦争で仕掛けて使われなくなった罠がたくさん放置されてます! ラッパさんはそれに無関係の人や動物が巻き込まれないように罠解除に務めてきました!」
「ほう、それは初耳だな。副支部長、ラッパという冒険者の情報を見せてくれ」
「は、ハッ! ただちに!」
副支部長が離席してから二分後、大急ぎで資料を片手に持ってきた。
「ありがとう。なるほど……ふむふむ。この冒険者はノーマークだったな。取り立てて目を見張る実績はないものの、堅実に成果を上げている」
「はい! いかがでしょうか!?」
「山岳ダンジョン攻略パーティの一人としてラッパに依頼をする」
「ありがとうございます!」
ラナは呆気に取られていた。
受付嬢としてベテランの彼女でもすべての冒険者は記憶していない。
ましてや受け付けたことのない冒険者など記憶しているはずがない。
ラナは他の者達と同様にクレアンを二度見した。
その後、淡々と進行する会議の中で常にクレアンが意見を出す。
どれもラナにはまったくない発想ばかりだった。
「……えー、最後の議題に移りましょう。不良冒険者への対処についてです」
不良冒険者。
問題ばかり起こすものの、現行の冒険者ギルドのルールでは取り締まれない者達のことだ。
パーティ内での諍いは冒険者にとって日常茶飯事だが、時には金品を強奪するなどの被害をもたらすこともある。
冒険者ギルドの規約は古くから変わっていない。それはなぜか?
「不良冒険者か。本部にも規約変更の件を掛け合ってみたがなしのつぶてだ。どうにも頭の古い連中の集いらしい」
「まったく嘆かわしいですよ! 支部長がこんなにもギルドのことを考えているというのに!」
副支部長が憤り、他の者達もため息をつく。
翡翠の翼も以前から不良冒険者候補として認知されていたものの、現行の規約で取り締まることができなかった。
世の中の情勢が移り変わるにつれて冒険者は爆発的に増えた。
ただし国における法や冒険者ギルドの規約の整備がまったくといっていいほど追いついていない。
翡翠の翼などは氷山の一角でしかなかった。
「それで今回の不良冒険者ですが……こいつです」
総務部の部長が全員に紙を回し始めた。
そこに書かれていた人物の名前はサベイル、B級冒険者で性別は男。
代表的な実績は火山ダンジョン最奥にあるナトライト鉱石の採取、泉ダンジョン最奥に沸く聖水の採取など。
どれもB級冒険者の死者を出している難関ダンジョンだ。
「ふむ。なかなか目覚ましい活躍だが一つだけ気になる点があるな」
「支部長、お気づきですか」
「この男、採取が専門なのか?」
「いえ、過去には討伐依頼や護衛依頼と幅広くこなしています」
「やはりな」
支部長が顎を撫でた。
サベイルの顔は魔道具の撮影機で撮影されたものが載っている。
精悍な顔つきで支部長はいかにも真面目そうな印象を持ったものの――
「こいつは臭い。過去にパーティを組んでいただろう?」
「さ、さすが支部長……。その通りでサベイルは二人組みでのパーティを好むようです。しかし彼と組んだ者は多くがダンジョンで死亡しています。こちらがリストです」
「どれもC級以下の冒険者だな。一番下でF級だと?」
「聞き取り調査をしたところ、冒険者達には仲間が魔物に殺されたと泣きながら語っていたそうです」
冒険者にとって自分より下の等級の冒険者とパーティを組むメリットはほぼない。
そのような不釣り合いなパーティを冒険者界隈では寄生と呼ばれている。
「サベイルは人当たりがよくて初対面の人間とも仲良くなることが多いそうです。特に後輩冒険者を引き連れて酒を飲ませたり女を……おっと」
総務部の部長がラナとクレアンを見て口を閉じた。
「……なるほど。これは非常に臭いな。そのうち噂の赤ずきんに狙われるかもしれん」
「あ、赤ずきんですと?」
「知らないのか? 最近、冒険者界隈でちょっとした噂になっている。なんでも冒険者を襲う通り魔のような奴がいるとね」
「それはけしからんですな!」
「ところが赤ずきんにやられた冒険者はいわゆる不良冒険者、誰も同情などしないようだ。そのせいで冒険者界隈では熱狂的な支持を得ているようだね」
ラナは二の腕をさすった。
ただでさえ混迷を極めている冒険者界隈にそんな危険な人物まで横やりを入れている状況だ。
軽く息を吐いてから額を押さえた。
「赤い頭巾を被り冒険者達を断罪する……またの名をブラッドフード。その正体は謎に包まれている」
「し、しかしそいつもさすがにサベイルは難しいでしょう。何せ彼は上澄みと言われているB級ですよ」
「どうかな。私はそうは思えないがね」
支部長はちらりとクレアンに視線を移動させた。
「このサベイル、赤ずきんに狙われないといいがね」
支部長の視線はかすかにクレアンをロックしたままだ。
当のクレアンは気づきもせずにサベイルの情報が記載された紙を食い入るように凝視していた。
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