第8話 不良冒険者

「クレアン、あなたどうしてそんなに色々と詳しいの?」


 ある日の昼休み、ラナは弁当をつつきながらクレアンに聞いてみた。

 クレアンはお手製のジャンボ卵焼きを頬張りながら問いの答えを考えている。


「どうしてと言われましてもー……」

「ラッパなんて冒険者、うちのギルドに来たことあったっけ?」

「いえ、一度も来てないです」

「じゃ、じゃあなんで知ってるの?」

「冒険者ギルドの資料を読みました」


 冒険者ギルドの各支部にはほぼすべての冒険者情報が網羅されている。

 ただし書庫にある資料はあまりに膨大で誰もすべてに目を通していない。

 それに最大保管期間は10年で、活動停止している冒険者の情報は破棄されていた。


「あ、あれを、全部?」

「はい。とても楽しかったです。ラナさんは読んでないんですか?」

「よ、読むわけないじゃない! どれだけあると思ってるの!?」

「どれだけって……そんなにあるかなぁ?」


 ここでラナは思い出した。

 クレアンが入ってきた頃は昼休みにいつも姿を消していた。

 就業後もいつまでも残ってラナは何度も怒ったことがある。

 その時のクレアンがいつも書庫から出てきたことを思い出した。


「……まさかずっと書庫で読んでたの?」

「はい。今でもたまに読み返しますねー。思い出したらまた読みたくなっちゃった……ラナさん、ちょっと失礼します」

「ちゃんと戻ってくるのよ!?」


 クレアンが鼻歌を歌いながら書庫に向かった。

 ラナはこの先、クレアンという後輩を御しきれるのか不安になる。

 案の定、昼休憩の時間を過ぎてもクレアンは書庫で大興奮していた。

 ラナが首根っこを掴んで受付に引き戻すなど日常の光景だ。


* * *


「よう! 今日も賑わってるな!」


 軽快なノリで冒険者ギルドに現れたのは流れるような緑髪が特徴的な青年だった。

 その人物が現れた時、冒険者達がワッと押し寄せる。


「サベイル! 帰ってきたのか! 黄昏のキノコは採取できたのか?」

「あぁ! そりゃもうバッチリさ! 依頼主も喜んでいたよ!」

「さすがだなぁ!」


 白い歯を見せて笑うサベイルに女性冒険者もうっとりと目を細めている。

 クレアンはサベイルを視界に端に入れつつ仕事に勤しんだ。


「……それでさぁ。キノコを見つけたまではよかったんだよ……そしたら道具袋が破れてんの! ビックリだよ!」

「アハハハッ! そりゃやばいなぁ!」

「ホントB級になってもこういうところは直らんのよ! その点、皆はしっかりしてるよ!」

「そうでもないさ。サベイルはなんだかなんだで一流だろ」

「いやいやいや! いくら強くても変なところでミスして死ぬ奴なんていくらでもいるって! オレとかな!」


 冒険者ギルド内がドッと沸いた。

 サベイルがなぜここまで人気なのか、クレアンはわかっている。


(自慢話はあまりしない。むしろ自分の弱みを見せて皆を立てる。B級という立場だからこそできるんだよなぁ)


 サベイルは人当たりがよくてこの場にいるほとんどの冒険者と顔なじみだ。

 相手を見下すことなく、むしろC級以下の冒険者の話をよく聞く。

 きちんとアドバイスをして周囲は感謝していた。


「サベイル、そういえば相棒はどうしたんだ?」

「あぁ、あいつはオレがヘマしたばかりに怪我させちゃってさ……。今、治療院で治療している」

「マジか……サベイルでもそんなことが……」

「ほんと悪いことをしたよ。だから今回の報酬の分け前はあいつに多く割り当てるつもりさ」

「あまり気負うなよ? 前の相棒の時だって……おっと、すまない」


 サベイルの以前の相棒はクレアンもよく知っている。

 C級冒険者のエイト、魔技スキルこそないが基礎をしっかりと積み上げた優秀な剣士だった。

 サベイルと仲良さそうにいつも一緒に行動していたのをクレアンも見ている。


「いやいや、気にするなって。オレだっていつまでもウジウジしてらんないからさ。でも……今の相棒の怪我が治るまでは一人かぁ」

「おう! オレが付き合おうか? いつまでもそんな飢饉みてぇな顔してねえでビシッと指名してくれよ! な?」

「ハハハッ、アルバンドさんはいい人だなぁ」


 クレアンはサベイルを更に観察した。

 アルバンドはD級だがサベイルは過去にF級冒険者を相棒にしたことがある。

 それを受け入れないのはなぜか、これがわからなかった。


「さてと、今日はというと……」


 サベイルは掲示板に張られているパーティ募集の紙を食い入るように見ている。

 アルバンドの誘いを断った直後だというのに誰もそれに突っ込まない。

 一度好感を持たれてしまえば些細な不自然な行動は見逃されるといういい例だ。


「ふーむ……お、いい人いるじゃん。クレアンちゃーん!」

「はい、なんでしょう?」

「このリベルって冒険者さ。F級なのに魔技スキル持ちってすごいね」

「リベルさんは将来有望ですよ。経験を積めばきっとB級に昇級できますね」


 サベイルはリベルに興味を示して再び募集の張り紙の前に立つ。

 リベルの魔技スキルのところを指で撫でてかすかに笑みを浮かべた。


「クレアンちゃん、この子……」


 サベイルが話し始めた時、冒険者ギルドのドアが開いてリベルが登場した。

 間の悪いタイミングだとクレアンは思った。


「クレアンさん! こんにちは! 今日も仕事されている姿が素敵です!」

「は、はぁ、ありがとうございます……」


 クレアンがリベルを助けてから明らかにその態度がおかしかった。

 下手なお世辞を言ったり、人が変わったように明るく振る舞っている。

 まだ14歳という年齢を考えると妥当ではあるが、相手がクレアンでなければ面倒なことになっていただろう。


「おや、まさかご本人登場?」

「あなたは?」

「オレはサベイル、実はパーティ募集している君が気になってさ。ちょっとそこの店で話さないか?」

「え、ぼ、僕なんかでいいんですか!?」


 ついこの前まで翡翠の翼でひどい目にあったリベルが目を輝かせていた。

 クレアンは立場上止めることはできず、見守るしかない。


「僕なんかってさぁ。あまり自分を卑下するなよ」

「だ、だって……前のパーティでは役立たずとか散々言われたから……」

「お前の魔技スキルの性質上、立ち回りの経験を得るには相当な時間が必要だ。大丈夫、オレが指導してやるさ。最初からうまくできる奴なんていない」

「サベイルさん……」


 リベルがサベイルに対して目を潤ませた。


(リベルさん……ちょっとちょろいかも……)


 などと呆れつつもクレアンは冷静に頭の中でどうすべきか考えた。

 今の状態でサベイルの本性を伝えられるわけがない。

 そもそもサベイルが不良冒険者かどうかの確証もない。


「よし、今日はオレの奢りだ! 好きなものじゃんじゃん食え!」

「でも悪いですよ!」

「なに言ってんだ! 後輩に奢れない先輩冒険者なんていねーよ! さ、いこーぜ! ま、オレが飲みたいだけなんだけどな!」

「アハハ……じゃあお言葉に甘えさせていただきますね」


 クレアンはあえてリベルとサベイルのパーティ結成を見届けた。

 周りの冒険者も二人の出会いをたたえている。


「リベル! すごいな! サベイルと組めるなんてラッキーボーイだぞ!」

「ハハ、そうですね……」

「初仕事が終わったら話を聞かせろよ? そして今度はオレ達に奢れ!」

「えぇ!?」

「冗談だって! ほら、いってこい!」


 リベルが冒険者達にからかわれてもみくちゃにされる。

 ボサボサになった髪を撫でながらリベルはサベイルと共にギルドを出ていった。

 誰もが祝福ムードだった中、ただ一人だけが呆然としている。


「……オレじゃダメ?」


 相棒候補に名乗りを上げたアルバンドだけがポツンと取り残されていた。


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