第九話 その状況は自業自得でしかない

ついに一年四組、最後の一人の自己紹介が始まった。




「わ、私の名前は『ミヤコ』です……学籍番号は 00102085 です……読書が…好きです……よ、よろしくお願いします……」




 ミヤコさんは下を向きながら小さな声で自己紹介をした。


 その立ち姿は、身長よりも遥かに小さく見えるほど怯えているようで、クラスメイトからは憐みによる拍手が起こっていた。


 ミヤコさんは自己紹介を終えると、すぐさま自分の席に早歩きで戻った。


 


 オレも拍手はするが、決して彼女をかわいそうな目では見ない。


 結局は彼女が選んだ選択肢が今の状況を生んでいるからである。


 そうなりたくなければ、他のタイミングで自己紹介をしてしまえば良かっただけの話。


 つまりは、自業自得なのだ。




「これで全員自己紹介は終わったな? 今日やらなければならないことは全て行った。よって解散とする……。あぁー、最後に一つ。もしこの学校を退学になったら、他高校への転入と大学進学の資格を剥奪される。そうならないことを願っている。以上」




 四ノ宮先生はそう言うと、教室を後にした。




 この学校から退学になったらオレたちは中卒確定らしい。


 ただ最近の高校は、余程のことがなければ退学処分にされないはずだ。


 そこまで気にすることもないだろうし、もう今日は帰ろう。なんか疲れたし。




 オレはさっさと教室を出ようと準備していると話しかけてくる声が聞こえた。




「ねぇねぇカエデ君、今日って暇? 暇なら一緒に学食に行かない? このクラスの代表と副代表になったんだし、せっかくなら親睦を深めようと思って…」




 その声の主は隣の席の伊波さんだった。




 ここで断ると、オレに対する印象が悪くなり今後の学校生活に支障が出ると判断し、その誘いに乗ることにした。




「分かった。オレも伊波さんとは話してみたいと思ってた」


「ありがとう! じゃ、早速行こ!」




 伊波さんは嬉しそうに返事をした。




「なぁ、それ俺たちも一緒にいいか?」




 話しかけてきたのはクラスのイケメン、夢乃君だ。


 オレとしては女子と二人きりなのは気まずいと思っていたし、ありがたい話だ。


 …ん? 「俺たち」?


 ということは…




「ウチも一緒だから! よろしくねー!!」




 複数形になっていた要因はどうやら小芽生さんがいたからのようだ。


 クラスの光が二人もいると、いよいよ学食でのオレの存在感がなくなってしまうが、仕方がない。


 出会って間もないのに断るのはありえないし……。




「もちろん。人数は多いほうがいいしね。伊波さんもいいよね?」


「カエデ君がいいなら私もいいよ」




 伊波さんは少し不服そうに答えた。


 


 テーマパークの巨大迷路ぐらい複雑な校舎を歩き、オレたちは学食の入り口に着いた。


 ちなみに花梗高等学校の学食は、午前七時から午後九時までやっていて、年末年始以外は常にやっていると、事前の学校説明の資料に書いてあった。


 道中は、光担当の二人がうまく話を回してくれて気まずくはならなかった。


 ドアを開けると、そこにはパーティー会場にもなりそうなほど広大な食堂があった。


 


「うわぁーここが食堂かー!! 東京ドーム何個分だろー!? 」


「東京ドームはもっと大きいよ」


「そうなの!? てへっ//」




 小芽生さんが天然発言を繰り出して、夢乃君がそれを捌く。


 まさに芸術的なコミュニケーションだ。すごい。




「メニューってどんなのがあるんだろうね!」




 メニュー一覧を表示しているディスプレイを見ると、そこには古今東西の料理が映っていた。


 そのメニューの数に驚いていると、小芽生さんが驚いた表情でディスプレイを指差した。




「ねぇ!! あれ見て!!」




 指していたのはそのメニューの値段だった。


 そこに書いていたのは、


 


「『日替わり定食 無料』!? この学校は本当にすごいな! 学費もかからないし、学食もこだわらなければ毎日無料で食べられるし! 俺、なんだかんだ入学して良かったー! 」


「さっきの、自分の名前を考えるっていうのも少し面白かったもんね! カエデ君とサクちゃんはどう??」


「私は…どうかな……。まだ、なんとも…」




 伊波さんはまだこの学校に対してプラスの印象は無いようだ




 実のところ、オレも伊波さんと同じ意見かもしれない。


 オレは、オレ自身に、そこまでの価値があるとは思っていない。


 こんな個性も能力も持ち合わせていない一凡人は、学費を払って教育を受けなければならないし、学食代も自己負担するべきだと思う。




 そのため、表向きは素晴らしい制度に見えるが、いつかどこかで代償を払う必要がある気がしてならない。




「オレも、まだ分からない」


「ちょっと、二人とも固くない?? もうちょい緩くいこーよ!!」




 小芽生さんの言う通りだ。


 学校初日から、どうなるか分からない未来の懸念をしていても疲れるだけか。


 今は、せっかくの「友達」との交流の時間だ。


 楽しまなければ。




「みんなは何食べるー??」


「俺は、麻婆豆腐かな!」


「いいねー!! じゃあ、ウ・チ・は~これ! ハンバーグ!!」


「私はー…カエデ君は何食べるの?」


「んー、オレはー、日替わり定食でいいかな。お試し的な意味でも」


「じゃあ私も日替わり定食にしよっ! あと、アイスクリーム!」




 オレたちは早速メニューを頼みに行って一番窓側の席を取ることができた。




「うわー!! ハンバーグおいしそー!!」


「この麻婆豆腐もうんまそー!! 二人の頼んだ日替わり定食も無料なのにめっちゃうまそうだな!!」




 無料だからと覚悟をしていたが、予想以上に良い見た目だった。




(ぐぅーー)




 ついお腹の音も鳴っちゃうくらい……ん?




 その音はオレからではなく、隣の席に座った伊波さんの方向から聞こえた。


 


「今の音って、サクちゃん?」




 無礼を構わずにダイレクトに聞いたのは、やはり小芽生さんだ。




(////)




 伊波さんは頬を赤らめて照れていた。


 返答に困っているようだったので、オレを学食に誘ってくれた恩返しも兼ねて助けてあげることにした。




「ごめん、今のオレ。実は登校初日っていうのもあって緊張しすぎてさ、朝から何も食べてないんだよね、恥ずかしいから早く食べてもいい?」


「んもぉー、カエデ君って意外と緊張するタイプなんだね!!じゃ、食べよっか! いっただっきまーす」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る