第八話 二人目の退学者

 


「次は、私が行きます!」




 隣の席の女子が元気よく声を出して、勢いよく席を立ち、小さくスキップをしながら鼻歌を歌って、教室の前に向かった。




 彼女が前に立ったとき、この教室に入ってからオレは初めてその子の顔を見た。


 


 忘れるはずがない。


 あの笑顔は、オレがつい告白するところだった、通学路で転んでいた女子だ。


 神のいたずらか、ここでまた出会えるなんて。


 それに、同じクラスで隣の席って、もう条件が整いすぎている。


 あの雰囲気なら、もっと最初の方に自己紹介をし終えていてもおかしくないが、名前を考えるのに時間がかかってしまったのだろうか。


 それとも別の理由があるのだろうか。




「……」


「??」




 妄想が生んだ幻覚でなければ、彼女が今こっちを見てきたような気がする。


 確かに、あの独特な出会い方をすれば、お互いに意識をしないようにする方が無理な話だ。




 そうだ、オレは状況に流されているだけなんだ。


 あの女子とは奇跡が重なっただけ。重なっただけ……。




 その女子は、その場で大きく深呼吸をして、「よしっ」と意気込み、自己紹介を始めた。




「私の自己紹介を始めます! 私は、私に『伊波サク』と名前を付けました! 呼び方は何でもいいです! 『伊波さん』でも『サクちゃん』でも、名前をもじって『伊波サク』で『イワサクちゃん』でもいいです! 名前の由来なんですけど、サクっていうのは、学籍番号の下二桁です! 椿さんの考え方を参考にしました! 椿さん、ありがとうございます! あ、私の学籍番号は00003039です! 一応このクラスの副代表に指名されました! ぜひ私と友達になってください! これからよろしくお願いします! 」




 これまた完璧な自己紹介だ。


 詰まっている情報自体は多くないが、自分の名前でこんなにも話を盛り上げられるなんて、伊波さんはこういう場に慣れていそうだ。


 感謝されて椿さんは頬を赤くしていた。


 イワサク……どこか違和感がある名前だが同時に良い呼び名だと思う。




 ……副代表なのか、伊波さん。




 万人受けしそうなあの雰囲気は、絶対にオレよりも代表向きに見えるし、この後、オレが「代表です」って言ってもクラスメイトに期待外れだと思われてしまうに違いない。


 伊波さんに自己紹介のハードルを上げられてしまった。




 自己紹介をしていない人数が残り数人になって、クラスの副代表が出てきた今、行くならこのタイミングしかない。




 オレは静かに手を挙げて席を立ち、前に向かって歩いた。


 自己紹介を終えて、席に戻っている途中の伊波さんと目が合ったが、緊張で会釈をする余裕もなく斜め下を向いた。


 上手く歩けているか、制服は乱れていないか、心臓の音が漏れていないか。そんなことばかりに気が散って、集中できていないのが自分でも分かる。


 ここまで来てしまった以上、オレは自己紹介をやり遂げなければならない。


 覚悟は決まった。




 オレはクラスメイトに過度な期待も、失望もされないように「普通」を心掛けて話し始めた。




「オレの名前は『カエデ』です。名前の由来は、本名をそのまま使いました。学籍番号は 00001120 です。このクラスのクラス代表に指名されました。よろしくお願いします」




 この、可もなく不可もない自己紹介ならみんなの印象に残らないだろう。


 前に立って気づいたが、このタイミングだと、やはり集中が切れてしまい隠れてスマホをいじっている人もいる。


 小芽生さんはそのいい例だ。


 他にも、飛勝君は興味がないと言わんばかりの爆睡を決め込んでいる。


 一方で、見た目だけでなく性格もイケメンの夢乃君や、さっき自己紹介をしていた伊波さんはオレの自己紹介を真剣に聞いている。


 ……何に使える能力でもないが、思ったよりも自分が緊張の中でも周りが見えていることに驚いている。




 オレは自己紹介の最後に一礼をして、生徒たちを見渡しながら、緊張を隠すための無表情を作り自分の席に戻った。


 特に、小芽生さんや飛勝君を見ながら。




「よろしくね! 」




 着席をすると、隣の席のこれから相棒になるであろう伊波さんが小声で話してきた。


 この「よろしく」はクラスの代表と副代表になったことに対する挨拶だろう。




「うん」




 オレは小さく頷いて答えた。


 


 これでオレの緊急クエスト「自己紹介を成功させる」をクリアした。報酬はないけど。


 一安心して、周りに見えないところで小さくガッツポーズをした。




 この後も、佐藤茂舞、鈴木菖蒲、一ノ瀬アナトらの自己紹介が続き、最後の一人になった。




 三十人いる中で、華々しい最後の自己紹介を飾るのは、一体どんな生徒なのか。


 案の定、途中から集中できていなかったクラスメイトも最後だけは若干前のめりになっている。


 


「……」




 プレッシャーのかかる中、最後の生徒は静かに席を立った。


 メガネをかけていて、大人しそうな女子だ。


 あの子はきっと集団が不慣れで、前に出るタイミングを逃してしまい最後になってしまったパターンだろう。


 その女子は暗い顔をしながら、床を見ながら早歩きで、教室の前に立ったときも下を向いてクラスメイトから視線を逸らしている。




 彼女は教室全体に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で自己紹介を始めた。




「私の名前は『ミヤコ』です」


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