第六話 感情を隠した操り人形


「よし、それではホームルームを始める」




 柔らかくなった空気の中、花梗高等学校一年四組の最初のホームルームが始まった。




「今日はお前らに、生徒会則の詳しい説明をした後、軽い自己紹介の時間を設けようと思う」




 ついに来ました自己紹介。


 こんな異常な学校でも自己紹介イベントは消化しなければならないらしい。


 オレは姉以外の人と二年くらい話した記憶がないから、かなりマズいかもしれない。


 自己紹介の第一印象で概おおむねのクラスカーストが決まると言っても過言ではない。


 このままでは、オレはカースト最下位になってしまって、これから三年間、一人ぼっちで過ごすことになり、「グループ作って」と言われたときにグループに入れず、先生に気を使われて「誰かカエデを入れてあげて」なんて言われることもありえる。




 ここはオレにとっての分水嶺だ。




「まずは生徒会則について説明する」




 そうだ、まずは生徒会則の説明からだし、今から緊張していても仕方がない。


 一回、深呼吸して落ち着く時間はある。




「一つ目は、生徒会則『各クラスの代表および副代表は生徒会が指名する』についてだ。私は事前に全クラスで、誰がクラス代表と副代表に指名されたかを知らされている。それを最初のホームルームで発表するよう生徒会からお願いされた。早速で申し訳ないが、今から全クラスのクラス代表と副代表の発表を行う」




 自己紹介に気を取られてしまったが、オレにとっての重大イベントが残っていた。


 凡人的考察によると、もしクラス代表に選ばれてしまうようなことがあれば、オレの華々しい高校生活は完全に終わることが証明されている。


 ……どうやって発表するんだろう。名前を出すわけにもいかないし。




「まず、一年一組、クラス代表 00002001、副代表 00010004」




 なるほど、学籍番号で発表していくらしい。


 まだ入学したばかりだから、学籍番号を伝えられたところで全く分からないが…。


 …今のクラス代表の学籍番号は、もしかすると新入生代表挨拶をしていたサクラさんか。


 それなら余計にクラス代表は重すぎる。




 四ノ宮先生はクラス代表と副代表の発表を続けた。




「次に、一年二組、クラス代表 00008077、副代表 00019004、一年三組、クラス代表 00006005、副代表00009018…」




 サクラさん以外の学籍番号は本当に分からないから全くピンと来ていない。


 話を聞いている生徒もよく分からなさそうな顔をしている。




「そして最後に、一年四組、クラス代表 00001120、副代表 00003039。よろしく頼む」




 クラスメイトはオレを除いて、どこか安心しているようだ。


 きっと代表に選ばれなかった故の安堵なのだろう。




 そして、一つ残念な知らせがある。


 オレの学籍番号は 00001120。


 このクラスのクラス代表の学籍番号も 00001120。




 そう、オレがクラス代表になってしまったのだ。




 この瞬間、オレの三年間がいろんな意味で終わりを告げた。冷や汗が止まらない。


 少なくとも一組のクラス代表はサクラさんだし、おそらく他の代表もオレより優秀な生徒ばかり。


 ごめん、みんな、四組は近い将来、クラス崩壊するかもしれないです。




「二つ目は、生徒会則『自分のフルネームを他生徒に知られてはならない』についてだ。実は、詳しい説明は受けていない。一つ生徒会から推奨されたのは、生徒がそれぞれで自由に新しい名前を考えるというものだ。『これからともに過ごしていくやつらと学籍番号で呼び合っても、囚人みたいで気分が悪いだろ? だったら新しい呼び名を決めればいい』とな。学生証も新しい名前で登録する。どんな名前にするかはお前らの自由だ。少し時間をやるから自由に考えてくれ」




 四ノ宮先生はテキパキと話を続けていく。


 


 自分の名前は自分で決めろっていうことか。


 確かに、誰かに話しかけられたとき、


「なぁ、00001120番、この議題についてなんだけど…」


 みたいになっても、人として扱われていないようでいい気はしない。


 よってオレはこの案には賛成。


 ちょっと面白そうだし。




 でも自分の名前を、自分で決めるというのは難しい。


 オレは親が名付けた「カエデ」という名前で今まで生きてきた。


 この名前にどんな思いが込もっているかは分からないが、あの親のことだから、大した理由もないだろう。


 んー、どうしたものか…。




 名前をどうするか考えていると、四ノ宮先生とは明らかに違う声が聞こえた。




「すいません、名前を決めるって、具体的にどんな名前がいいのですか?」




 教室の窓際一番前の席から、イケメンの男子生徒が四ノ宮先生に聞いた。


 


 その質問に対し、四ノ宮先生はその男子生徒に視線を合わせて答えた。




「自由でいいんだ」


「自由?」


「お前は、好きなものはあるか? 憧れている人はいるか? 夢はあるか? ……乗り越えたい過去はあるか? そういう『願い』を名前にするといい」




 オレには、これといって好きなものがない。


 だからといって嫌いなものがあるわけではない。


 


 オレには、憧れている人がいない。


 姉やサクラさんのことを尊敬しているが、憧れとはまた違う。




 オレには、今は夢がない。


 夢に向かって頑張ったところで待っているのは孤独だけ。




 オレには乗り越えたい過去がない。


 もう、あの日のことは諦めがついた。




 ただ、一つ願うなら……。




 決めた。




 オレの名前は「カエデ」。


 それだけ。


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