第五話 二つの生徒会則

 入学式が終わり、オレは花梗高等学校一年四組の教室にいた。


 新設の学校なだけあって、体育館も、体育館から教室まで繋がる廊下も、教室も綺麗だ。




 今は、「入学式が終わるまで生徒同士の会話禁止」という生徒会則はなくなっているにも関わらず、先生のいない教室は静寂に包まれている。




 無理もない。


 普通とはかけ離れた学校の雰囲気の中で、積極的に話すことは勇気がいる。


 みんな期待していた。


 誰かがファーストペンギンとして話し始めてくれると。


 オレも教室で自分の席に座って、自分の机とのにらめっこに没頭している。




 どうせ暇だし、オレは教室が静かなうちに、新しく出された「生徒会則」について考えてみることにした(決して興味があるわけではない)。


 


 まず、「自分のフルネームを他生徒に知られてはならない」という内容についてだ。


 このルールが出された理由として考えられる可能性が二つ。




 一つ目は、生徒会が面白半分で決めたという可能性だ。


 入学式の話を聞く限り、この学校は生徒会が実質的な支配権を握っているという認識で間違いない。


 生徒会が権力を誇示するという目的で、この生徒会則がプレゼントされた可能性は十分ある。




 二つ目は、フルネームが生徒会の秘密につながるという可能性だ。


 生徒会の秘密を明かすと、生徒会と生徒会則を自由にできる。


 つまり、生徒会の持つ支配権を強奪できるということだ。


 そうなることを、現生徒会は望んでいないだろう。




 そして、もう一つが「各クラスの代表および副代表は生徒会が指名する」という内容についてだ。




 そもそも、なぜクラスの代表と副代表を生徒会が選ぶのか。




 普通の学校だと委員長は、クラスメイトの中で委員長希望の人が自ら立候補したり、他生徒や担任からの他薦によって決めたりしている。


 クラスの中でも、成績の優秀さ、クラスカーストの高さ、友達の多さなどのパラメータの高い人が委員長になる。


 仮に、成績が悪く、クラスカーストも低く、友達も少ない人が委員長になってしまったとする。


 すると、クラスはどうなるだろうか。


 結論は至極単純で、クラス崩壊だ。




「クラスのリーダーがこいつだと、自分自身の価値まで下がってしまう」




 この考えが頭を過よぎることで、クラスは少しずつ崩壊していき、気づいたときには取り返しがつかなくなってしまうこともある。




 そう、委員長は必ず優秀でなければならない。


 委員長の優秀さは、そのクラスの最大値を高めるブースターの役割も持っている。




 最近の学校は、委員長が機能しなくても先生が全力でサポートするからクラス崩壊まではいかないだろう。


 中学生のとき、委員長経験があるから多少は分かる。




 しかし、この学校ではそんな綺麗事は通用しないと思う。




 なぜなら、新入生は全員、入学式でサクラさんを見てしまったからだ。




 あのオーラに当てられると、全ての物事に対して盲目的になってしまう。


 自分のクラスのリーダーとサクラさんを、意識していなくてもつい比べてしまうのだ。




「サクラさんなら……」




 この言葉が飛び交う未来が容易に想像できてしまう。


 


 ここで、改めて生徒会則について考えてみよう。


 生徒会がクラスの代表を指名するということは、クラス間の代表能力格差が生まれてしまう可能性があるということだ。


 生徒会が事前に新入生、百二十人全員の能力を把握していて、上位四人を四クラスそれぞれに配分することができるのであれば問題はない。




 でも期待はできない。


 なぜなら、たかが面接だけで人の能力を全て把握することは不可能だといえるからだ。


 


 つまり何が言いたいかというと、この生徒会則はオレには理不尽極まりない内容に見えるということだ。




 ここまでいろいろ考察してみたけど、オレは妄想が好きなだけの凡人だから、本来の生徒会則の意味を掠かすりもしていない可能性すらあるのは許してほしい。




 今のオレの願いはただ一つ。


 どうかクラス代表に指名しないでください。


 面倒事には関わりたくありませんので、何卒…。




 適当な考察を繰り広げていると、静寂に包まれている教室に、ドアが開く音が響いた。


 背が高く、まだ二十代のような見た目の真面目で堅苦しそうな、スーツを着た女性が教室に足を踏み入れた。


 明らかに高校生ではないその女性は、教室のドアから教卓まで歩き、席に座って大人しくしている生徒のことを、その特等席から見下ろした。


 その顔には感情が反映されておらず、目は生徒を見渡しているようで、別のなにかを見ているようだった。


 その目を教室の端から端まで一往復させると、その女性は口を開け、話を始めた。




「入学おめでとう。私は、このクラスの担任をすることになった四ノ宮だ。私はこれから三年間、四組を担当する。もしかすると、お前らの中で何人かは私が担任のまま高校生活を終えるかもな。…全く、残念極まりない」




 その女性は、まるで人工知能に操作されているかのような無表情で祝いの言葉を言った。


 オレがこれから過ごすことになる四組の担任は四ノ宮先生というらしい。


 あまりにも光のない四ノ宮先生に、不穏だった教室はさらに暗くなっていく。


 誰でもいい。ダジャレでも何でもいいから、今すぐ教室の空気を浄化してくれ。


 オレは絶対やらないけど。




「はぁ……。お前らは『自由』に過ごせばいい。未来の、希望に満ち溢れた高校生が暗い顔をしていると、笑顔がチャームポイントの私も、つい暗くなってしまうではないか」




 四ノ宮先生は、溜め息を吐きながら話した。




 オレ含め、この教室にいる生徒は、四ノ宮先生の発言に困惑している。


 あの雰囲気の人が絶対言わなさそうなことランキングがあれば殿堂入り間違いなしの「笑顔がチャームポイント」という言葉が、その口から発せられたからだ。




 四ノ宮先生は畳みかけるように言った。




「ふむ…。言った意味が通じなかったのか…。私が誰かと話すときは、チャームポイントの話をすると必ずと言っていいほどウケていたのだがな」




 さすがのギャップに、生徒たちは笑いを抑えられなくなり、教室のあちこちからクスクスと笑い声が聞こえた。




「よし、それではホームルームを始める」




 感情が顔に出にくいだけで、なんだかんだ良い先生なのかもしれない。


 


 こうして、花梗かこう高等学校一年四組の最初のホームルームが始まった。

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