第四話 サクラ舞い散る入学式


「学校長式辞、花梗高等学校校長、西園寺先生お願いします」




 入学式が始まった。


 司会の言葉で、明らかに地位の高そうなガタイの良い強面スーツのイケおじが演台の前に立った。


 何とも言えない緊張感が会場を包み込む。




「生徒諸君、入学おめでとう。君たちはこの学校の最初の生徒となる。私の自由を体現したこの学び舎で、自由に、好きなように、上を目指してくれ。そのためのヒントはすでに蒔いてある。最後に、私は君たちの持つ可能性を信じている。以上」




 西園寺校長は新入生を歓迎しているとは思えない形相で式辞を述べた。




 自由を語るとは思えない声の低さだ。


 この短さ的に、他の退屈な話を続ける校長よりは生徒の気持ちが分かっている良い先生のようだ。顔は怖いが。




 西園寺校長が捌けると、司会が主導権を取り戻して式を進めた。




「次は、生徒会挨拶です。本日は私が代読させていただきます」




 オレたちが最初の生徒のはずなのに、すでに生徒会というものが出来ているらしい。


 中学校までの成績とか、入試面接で優秀そうな人を事前に選んでいたのだろうか。


 でも、入学前に「生徒会則」が出されたっていうことは、そのころにはもう生徒会が決まっていたのか。


 まあでも、どうせオレとは関係のない世界の話だし、深く考えることは止めよう。








 ご入学おめでとうございます。


 生徒会長が不在のため、生徒会副会長である「私」が生徒会挨拶を務めさせていただきます。




 生徒の中には、違和感を覚えている方もいらっしゃると思います。


 生徒会はいつ発足したのか、なぜ姿を現さないのか…。


 その秘密は、これからの学校生活で明かしてみてください。


 生徒会からみなさまへの挑戦状とでも言いましょうか。




 もし、私たちの秘密を明かすことができたら、生徒会、そして生徒会則を自由にできる権利を与えます。


 権利を得ることができれば、生徒会を解体するのも存続するのも自由です。


 生徒会則で生徒全員を退学させることさえ許されます。




 健闘を祈っています。




 では、生徒会則について詳しく説明します。


 生徒会則とは、花梗高等学校が校則の代わりに採用した独自のシステムです。


 そのため、本校には校則は存在しません。


 生徒会則は絶対遵守のため、違反が発覚した場合、強制的に退学処分とすることもあります。


 また、生徒会則の更新は不定期に行われます。


 生徒会則についての説明は以上になります。




 それでは、みなさまの困惑した表情を見ることができたところで、挨拶を終わりにしたいと思います。








 生徒会挨拶で語られたのは、生徒会と生徒会則についての説明だった。


 副会長の挨拶通り、生徒たちは困惑した表情を浮かべている。


 ごく少数ではあるが、嬉しそうな顔をしている生徒もいた。




 オレはどうなのかって?


 そりゃもちろん無表情を決め込んでおりますとも。


 だって、オレ関係ないもん。




「最後に、ささやかではございますが、新入生に向けて生徒会からプレゼントを贈呈します」




 生徒会が言う「プレゼント」は嫌な予感しかしなかった。


 背筋に冷気を当てられている感覚だ。




「生徒会則『自分のフルネームを他生徒に知られてはならない』『各クラスの代表および副代表は生徒会が指名する』をみなさまへの贈答品とします。無事卒業できることを願っています」




 とんでもない置き石をして生徒会挨拶が終わった。


 今、この瞬間から、生徒会則が二つ適用された。


 自分の名前を隠さなければならず、各クラス代表と副代表は生徒会が指名するという、またしても意味がよく分からない内容だ。


 会場の困惑度合いはさらに増している。




 逆にオレは冷静になって、今判明している要素で一つ推理をしてみた。


 入学式前に伝えられた生徒会則は、自分の名前が漏れてしまわないようにするためのルールだったのではないか、と。


 


 オレには関係ない。




 自分にはそう言い聞かせつつも、なぜか一抹の不安は拭い切れていないのが自身でも分かっていた。




 常識から外れていく感覚が、世界のマイノリティになっている愉悦が、理性のトビラを力強くノックしてくる。




「続きまして、新入生挨拶です。新入生代表、学籍番号00002001お願いします」


「はい」




 新入生の列から、最もステージに近い生徒が力強く返事をして演台に向けて歩き出した。




 姿勢は良く、身長も高く、スタイルも良い、美少女というより美人が似合う、クールそうな女子だ。


 歩く姿を見るだけで、跪きたくなるくらい支配者のオーラのようなものが溢れ出ている。




 しかし、オレはなぜだか、その子の歩んできた人生が気になってしまった。


 あのオーラは普通の人生を歩んできた弱冠十五歳の子どもが出せるわけがないものだ。


 想像を絶する努力の末か、生まれ持った才能によるものか、将又それ以外の何かがあるのか。


 


 さまざまなな可能性を勝手に妄想しているうちに、彼女は演台の前に立ち、新入生挨拶を始めた。








 桜が舞い、温かな日差しが降り注ぐ今日の良き日に入学式を迎えることができ、誠に嬉しく思います。




 私は、学籍番号00002001の……そういえば、自分の名前は非公開でしたね。


 そうですね…。


 みなさまは、桜の花言葉を知っていますか。


 高尚、純潔、心の美、優雅…、どれも美しく、気高い言葉です。


 そして、桜が咲き乱れる今日という素晴らしき日を忘れないよう、私という存在に思いを込めて「サクラ」とでも名乗っておきましょう。




 私はここで多くを語るつもりはありません。




 この学校でやりたいことは一つです、それは、




 「証明」です。




 天才とはなにか、優秀とはなにか、そして自由とはなにかを。


 


 私は利用できるものを全て利用してでも成し遂げて見せます。




 短い挨拶ではございますが、以上で新入生代表の挨拶とさせていただきます。


 これから、三年間よろしくお願いいたします。








 圧巻のスピーチを終えて会場からは盛大な拍手が巻き起こった。


 このサクラさんが新入生代表に選ばれるのも納得だ。


 サクラさんは演台で一礼をし、表情を変えることはなく、優雅に壇上から降り、新入生の列に戻った。




 生徒会挨拶によって暗くなった心に、希望に満ちた桜の花びらが舞ってきたようだ。


 きっと、サクラさんはオレたち一年生の先頭に立って引っ張ってくれる存在になるのだろう。






「以上を持ちまして、入学式を閉式いたします」


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