第二話 好奇心の権化


「ナビ、頼みます」


「任された!」




 姉は満面の笑みを浮かべ、そそくさと部屋を出て行った。


 えっ、ナビ任せた瞬間、ナビゲーターいなくなったんだけど。




 十秒ほど待っていると、姉はノリノリで部屋に入ってきた。


 どうやら、自分の部屋からノートパソコンを持ってきたようだ。




「なぜノートパソコン?」


「面白そうな学校のホームページを見つけたから紹介したるわ‼」




 やけに行動がスムーズだけど、まさかオレのために事前に調べてくれたのだろうか。


 そんなはずはない。


 この話題を出したのは、これが初めてだし。




 姉は、綺麗に整理されているオレの勉強机の上にノートパソコンを開いて、画面を見せてきた。




「ほれ、この画面をよーく見なさい。あなたは段々眠くなーるー…」




 なんか適当なことを言っている姉の言葉を全部無視して、オレは画面とにらめっこを始めた。


 画面には、一番上に「花梗高等学校」の文字、そして中央には大きな校舎が映っていた。




「ちょっと、無視はひどいなー、姉ちゃん傷ついちゃったぞ!」


「どのくらい?」


「朝起きたら外が強風で学校から連絡が来て、今日絶対に学校休みだーって思ったら、気を付けて登校してくださいって言われたときくらい」


「それは重傷だな」




 姉は想像よりもテンションが上がっていた。


 適当に言葉を返しながら、「花梗高等学校」のホームページに目を通した。




「ところで、姉ちゃんが紹介したかった学校っていうのはこの『花梗高等学校』ってやつ?」


「その通り!」


「おすすめの理由は?偏差値が高いの?」


「いーや」


「家から近いの?」


「ノー」


「じゃあスポーツで有名とか?」


「それも違う」


「制服が豪華とか!」


「んー、あえて分からないと答えよう」


「はい??」




 意味が分からなかった。


 姉が自信満々に勧めてくるということは、ただの意地悪というわけではなく、それなりの理由があるはずだ。


 しかし、該当する要素はない。


 一体、姉にはこの学校の何が魅力的に見えたのか。




「この学校の良いところは?」




 当然の疑問である。


 返答によっては、今後の姉との関わり方を考えなければならない。




「それはね…」




 姉は首を傾けながら言葉を選んでいた。


 なぜだろう。


 ただ、この学校を勧めてくる理由を知りたいだけなのに、姉ならきっと面白い理由を答えてくれるに違いないと期待している自分がいる。


 さあ、何と答えるんだ、天才よ。


 オレに魅せてくれ。




「…面白そう‼」




 返ってきたのは色んな意味で期待を裏切らない答えだった。


 天才の言うことはやっぱりオレには分からなかった。


 オレには見えていない景色が姉には見えているのだろう。


 オレが唯一信頼している姉のことを今一度、信じてみようと思う。




「…分かった」


「…そうだ、この学校のいいところを強いて挙げるなら、入試形式は個人面接だけで、学費もかからないってことかな」




 姉は、付け加えるかのように花梗高等学校の良いところを挙げてきた。


 サラッと大事なことを言うもんだから、聞き逃しそうになってしまったではないか。




「え、めっちゃ良いじゃん」


「でしょー!姉ちゃんに抱きついて来てもいいよー//」




 姉は、両腕を大きく開けながらこっちを見ている。


 一瞬だけ目を向け、すぐにノートパソコンの画面に視線を戻した。




「もしかして、姉ちゃん拒否された!?ぐぅー…姉ちゃん傷ついちゃうぞ…」


「どのくらい?」


「バレンタインの日に、気になってたクラスの女子に呼び出されて、『これ!』とチョコを渡されて、ついに自分にも青春が来たのか―って感動してたら、『〇〇君に渡して!』って言われたときくらい……なんかごめん」


「それは重傷だな…というか謝るな」


「もういいの、カエデ…それ以上は自分を苦しめるだけだから……」




 姉は想像よりもテンションが上がりすぎていた。


 適当に言葉を返しながら「花梗高等学校」について調べた。




 どうやら姉の言っていた通り、入試は個人面接だけで、学費は無料と書いてあった。


 さらに、この学校は、他の学校よりも校則が少なく、生徒の自由を尊重してくれるらしい。


 なんでこんなにも他の学校と毛色が違うのだろうと思ったら、なんとオレたちの代から生徒を募集している新設高校ではありませんか。


 オレがこの学校の初めての生徒になれるって考えると急に魅力的に見えてきた。


 


「どう?興味が湧いてきた?」




 オレとノートパソコンの画面の間に、姉がにやけながら入ってきた。


 一瞬視線が吸い付けられたが、すぐに顔面越しに画面を見つめ直した。




「興味は湧いてきたけど…」




 オレは確認しなければならないことがある。


 学校を選ぶうえで最も考慮しなければならないことだ。




「進学とか就職とかは問題ないの?」


「問題ない、それは私が保証する」




 家ではいつも変なことしかしていないあの姉が、珍しく真面目な顔で答えた。


 その表情は、どんな言葉よりも説得力があった。




「そうだ、ちゃんとホームページの一番下まで確認しなよ」




 姉に言われた通り、ホームページの一番下までスクロールすると何か文字が書かれていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




生徒会則


入学式が終わるまで生徒同士の会話を禁止する




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 オレはここに書かれている内容を理解できなかった。


 もちろん日本語的な意味は分かるけど、普通の学校ではありえない内容すぎて、受け入れるのに時間がかかってしまった。




「姉ちゃん、ここに書かれてる生徒会則の意味分かる?」


「どうだろう、よく分かんないけど、こういう普通じゃないのって面白そうじゃない?」




 この好奇心の権化め。


 普通とはかけ離れている、所謂、異常に対して自ら飛び込むことを躊躇わないのは姉の良いところでもあり、悪いところでもある。


 この異常さが姉を天才たらしめている所以なのかもしれない。


 あまり気乗りはしないが、少しだけ、その好奇心を見習ってみようと思う。




「確かに、普通とは違う学校って面白そうだよな、オレ、ここに決めた」


「…ありがとう‼」




 なぜか感謝されたが、オレは「花梗高等学校」に入学することに決めた。






 そして月日は流れ、あまりにも静かな、花梗高等学校第一期入学生徒の入学式の日が来た。


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