第一章 花梗高等学校

第一話 中学三年生が持つ悩み


 迷っている。




 およそ中学三年生は、ほとんど迫られる選択肢に、である。


 この年齢になって初めて、自らで道を選ばなければならない、という人は少なくない。




 偏差値が高い、スポーツが強い、校舎が大きい、制服が好み、家から近い。




 さまざまな要素を考慮したうえで、自分に適した選択肢を選ばなければならない。


 もちろん、友達や先生、親など、周りの人に相談するのも正解だと思う。


 まだ、十年と少ししか人生を経験していないのに、一人で全部決めろっていうのは無理な話だ。




 よし、じゃあオレも誰かに相談して進路を決めることにしよう。




 まずは、友達に当たってみようかな。


 はい、いませんでしたー。




 次は、先生に当たってみようかな。


 はい、めっちゃ嫌われてましたー。




 やっぱり、親に当たってみようかな。


 自分で決めなさい。


 一階にあるリビングで、テレビに釘付けになっている母は、オレのことなんてどうでもいいと見える。




 分かっていたよ。


 中学一年で起きた事件から、誰もオレとは関わりたくなくなったってことはさ。


 オレも、相手の立場だったら、今のオレとは関わりたくないって思うだろうし。


 これに関しては、もう仕方がないのだ。




 あまりにも予想通りの返答だったもので、オレは何かリアクションをすることもなく、二階にある自分の部屋に戻ろうとした。


 すると、階段を上り切る直前に、オレに話しかけてくる声が聞こえた。




「カエデー、どうしたの?」




 階段の下の方からオレに話しかけてきたのは、姉だった。


 オレと話してくれる唯一の人間だ、自分で言うのも可笑しな話だが、変わっていると思う。


 


「なんでもないよー」




 オレは進行方向を向いたまま答えた。


 何かに期待しているわけではないが、そのまま逃げるように自分の部屋に向かってみる。




「弟よ、その顔は……悩みごとがあるんだな。よーし、姉ちゃんに言ってみなされ。このなずな様に身も心も全て曝け出してしまいなさい。無償の愛で受け止めてあげようではないか」




 階段を上りながら、姉は逃げるオレに話しかけてくれている。


 というか、そっちからは顔は見えてないでしょ、何で分かるの、せめて声色で判断してくれ、普通にこわい。




 姉はオレとは違い、優秀だ。


 誰に対しても分け隔てなく接していて、モデルと見紛うほどの美貌の持ち主で、日本で一番頭のいい大学に主席で入学していて、詳細は分からないが確か今は研究漬けだったような。


 さらに、空手を幼稚園のときからやっていて、世界大会で入賞しているレベルで、オレは一度も試合で勝ったことはない。


 母は、そんな完璧超人ウルトラスーパー人間の姉と、その下位互換でしかないオレとを比べた結果、オレへの興味がなくなったのだと思う。




 その超人ぶりを間近で見せつけられると、つい避けてしまうようになるかとも思ったが、オレは姉の事を避けず、逆に唯一信頼さえしている。


 例の事件を経ても、変わらず接してくれたからだ。


 今でもしっかり学校に通えているのは姉の影響が大きい。




 そんな姉がオレに話しかけてくれている。


 避けようとはしていないが、つい避けているような態度を取ってしまうのは思春期真っ只中のオレの悪いところの一つだ。


 どう返事をしようか考えていると、気づけばオレは部屋の中にいた。




 やってしまった。




 人の好意に対しては真摯に答えるべきだということを分かっているのに。


 今更、部屋を出て、姉に話しかけに行っても変だしな。


 どうしたものか。


 


「悩みごとはなにかなー?」




 さっきまでの行動に頭を悩ませていると、不意に耳元で何かが囁いてきた。




「うへぇぁあっ!」




 その不意さと、あまりの近さに、変な声が漏れてしまったではないか。


 囁いてきた何かから距離を取るため、前ステップを踏み、後ろを振り返った。


 


「ばぁっ‼」




 そこにいたのは姉だった。


 この超人はついに壁を通り抜けることができるようになったようだ。




「はぁ…なんだ、姉ちゃんかよ」




 当たり前の反応だろうが、一応言ってみた。




「姉ちゃんで残念でしたー!……なんでも話してみなさい‼」




 せっかく姉がくれた機会だし、正直に話そう。


 オレは、腰に手を当てて立っている姉を前にして、その場に正座して悩みごとについて話した。




「実はな、姉ちゃん、オレ、高校、どこに行くべきか迷ってるんだ」




 姉はキョトンとした顔をしながらすぐに答えた。




「カエデは、そういうこと悩まない性格だと思ってた」




 姉はオレをなんだと思っているんだ。


 自分の人生について、そこそこ真面目に考えてもいい年齢になったんだぞ。




「なんでそう思ったの?」




 オレという存在は、他人からどんな風に映っているのか、若干緊張しながらも、それ以上のワクワクを胸の内に秘めながら聞いてみた。




「なんというか、カエデなら『どこでもいい』って考えてると思ってさ」




 姉は少し嬉しそうに答えた。


 予想外の返答と表情に、オレは一瞬、言葉の意味を正しく処理するための時間を要した。


 その結果、オレは本人に真意を確かめるのが最適だと判断した。




「どういうこと?」


「いや、なんとなく思ったってだけで、深い意味はないよ…それで、もしカエデが道に迷っているようなら、姉ちゃんが道案内してあげようか?」




 姉は安心した表情で答えた。


 オレが珍しく真剣に投げかけた問いをはぐらかされた感は否めないが、相談に乗ってくれるなら、まあいい。




「ナビ、頼みます」


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