世界で一番自由な学校


 生徒会則が発行された。




「一年三組のミヤコが退学処分となった」




 この言葉が担任の四ノ宮先生から放たれたとき、クラスメイトは朝のホームルームを待つ眠そうな顔から、瞳孔が開き、欠伸で開きっぱなしになった口のまま、まるで魔法にかけられたかのように硬直してしまった。


 四ノ宮先生は石化させるのが得意なようで、心なしか蛇の髪を持っているようにも見えたほどだ。




「なんでミヤコさんが退学になったんですか!」




 椅子が後ろに倒れる勢いで席を立ち、口元を震わせながらゴルゴンに、失礼、もとい四ノ宮先生に抗議をしたのは正義感に溢れた四組のイケメン担当、夢乃望だ。


 普段は明るく振舞っている彼だからこそ、事態の深刻さが伝わってくる。




 四ノ宮先生は音の無くなった教室で、唯一、熱のこもっていない声でつらつらと告げる。




「お前は、なに分かり切ったことを言っているんだ…そんなもの、生徒会則が出されたからに決まっているだろう?テストで最下位だったクラスから一人、退学者を選ばなければならない…というな。きっとお前は、いやお前らのほとんどは、少なからず憤りを感じていることだろう。いい加減甘えた考えは捨てろ」




 分かっていたはずだ。生徒会則について聞かされた日から。


 思い知っていたはずだ。入学早々、退学者を自分らで選んだ日から。




 それでも、みんなは未だに普通に囚われているのだろう。




 普通に学校に通って、


 普通に勉強して、


 普通に恋愛して、


 普通に卒業する。




 そんな普通がここでは通用しない、いや、少し語弊があったかもしれない。




 この学校では生徒会則によって普通の学校生活にリスクが伴ってくると言ったほうが正しいだろう。退学してしまったミヤコのように。




 さて、ここで平凡なオレの頭脳で、クラスメイトが思っていることを当てて見せよう。


 


「理不尽すぎる……」




 おっと、オレの代わりにエスパー役を買って出たのは望くんではないか、ありがたい。




 望は感情のこもっていない怪物から目を逸らし、拳を固く握り、呟いた。




 彼は人間関係を人一倍大事にする心優しい青年だし、他のクラスメイトよりも一層、負うダメージは大きいことだろう。




「そ、そうだ…!理不尽だぞ‼」




 望の呟きに呼応するように、教室の至るところから四ノ宮先生に向かって、彼に便乗する声が上がっている。


 初めは一人だけだった抗議の声が少しずつ増長されていき、最終的には、ついさっきまでの静寂が幻なのかと思わせるほどの大音量となっていた。




 四ノ宮先生はそのすべてを、目を瞑り、静かに受け止めた。


 声がピークに達したとき、四ノ宮先生はその日初めて表情を変え、目を開き、抗議の声を嘲笑あざわらうかのように言った。




「ふふっ…理不尽、か…生徒会則に従わざるを得ない現状を理不尽だと感じているのか……やはり服従は嫌いか?」




「当たり前だろ!」


「オレたちは奴隷じゃないんだぞ!」


「服従とか、まぢはんたーい」




 望に便乗していたクラスメイトは担任の言葉が許せなかったのか、さらに抗議の声を大きくした。


 別に四ノ宮先生自身は悪いことをしているわけではなく、むしろクラスに現実を教えてくれているだけなのに、世界の唯一悪なのかっていうくらいヘイトを買っている。




 これこそが理不尽と呼ばずに、なんと呼ぶ。




「みんな落ち着け!先生には何を言っても現状は変えられないだろ!」




 そんなとき、ストレスを発散するかのように、自分に向けて言っているかのように、抗議の声を上回る声量を出してみんなを宥めたのは望だった。


 彼もきっとオレと同じ考えをしていたのだろう。




 予想通り、望の一声で教室はまた静まり返った。




「くそっ…!」




 中には、怒りの捌け口を見失い、爪が食い込むくらい拳を握っているやつもいる。


 それだけクラスメイトの物申したい気持ちを抑えることができるのは望の人望の成せる業だな、ちょっとだけ嫉妬してしまう。


 あれだけクラスメイトに全幅の信頼を置かれるリーダーが存在したのなら、さぞクラスを支配しやすいことだろう。


 男なら期待して止まない、夢のハーレムも夢乃なら達成できてしまうのだろうか。夢乃だけに。




「もはや面白いな…とっくにお前らは服従しているじゃないか…気づいていないとは言わせないぞ。夢乃が意見をすると、それに乗っかって意見をし、夢乃が落ち着けと言うと、意見を止める。この短期間で、すっかり夢乃の奴隷だな。この話をすると、どうせ思考を放棄したお前らは、『夢乃に従うのと生徒会則に従うのは全然違う』と考えるだろう……」




 望により、再び静まり返った教室を、全く目の笑っていない四ノ宮先生の重苦しい空気が通っていく。


 その目に満ちているのは憐みのように見えた。




 突拍子もない言葉に、クラスメイトは喉の振るわせ方を忘れてしまっているようだ。


 言葉の真意に気づいた生徒はいたのかと考えてみたが、かくいうオレは、なぜだか少しだけ理解できたような気がした。


 


「一つだけ、先生としてアドバイスをしよう。この学校は私の知る限り、世界で一番自由な学校だ。どういうことか、よく考えてみることだな。では、ホームルームはこれで終わる」




 相変わらずの無表情で、四ノ宮先生はアドバイスをし、ゆっくりとした足取りで教室を後にした。




 またしても暗号めいた言葉を、それと、教室に変な空気を残していったもんだ。


 本当にアドバイスをしたいのなら、もう少し具体的に教えてくれたっていいのに。


 アドバイスの結論が、「よく考えること」って内容が無いのと同じでしょ。


 意地悪な先生だなー。


 というか、どうするんだよ、まだ一日は始まったばかりなのにこんなに重いスタートって…




「何が自由な学校だよ……」




 四ノ宮先生が教室を出て行き、廊下に響く足音が小さくなってきたとき、溜め息混じりの声が聞こえた。


 静寂を破ったのはやはり望だった。




 逆に考えると、こういうとき、沈黙を破ることができるのは望以外にあり得ないだろう。


 もしかすると、四ノ宮先生は、いい意味で場の空気を読まない望の能力を信じて教室を後にしたのかもしれない。




 しかし、そう簡単に教室の空気が明るくなることはなく、彼の能力を以てしても、耳に刺激の少ない一日になることは疑いようはなかった。










 ところで、一つ疑問なんだが、


 みんなは、なんでそんなに暗い表情をしているんだ?

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