第12話 “ビョークの考え”

「チユさんはどう考えてますか?」

「何が?」

「耳絶ちが通じなかった」

「あのヘルデじゃないかって言ってるの?」


 ビョークがはっきり頷いた。

 前を歩く二人の手には、帰り際に受け取ったペットボトルが握られている。病院の廊下を歩きながら、ハルは自分の手にあるペットボトルを見た。


「でも“耳絶ちが通じなかった”って言っただけででしょ? 何に通じなかったとか、何を対象とした言葉なのかがわからないんじゃ」

「そうでしょうか。状況から見てもはっきりしてると思いますが」

「何が?」

「耳絶ちの通じないヘルデが同窓会を襲撃したんです。同級生たちを狙って」

「ちょっと。滅多なこと言わないでよ」


 小声で言ったチユとハルは目が合った。


「でも火災の原因はヘルデでした」

「火災のあとにヘルデが現れたのかもしれないでしょ? わたしのときはそうだった。わたしが熱線を誤射して火がついた。ヘルデが現れたのは、火がついた後だった」

「ヘルデ発生の原因が火にあるってことですか?」

「そういうことじゃなくて、わたしの時はって話」


 階段で一階へ降り、受付の傍を通った。

 玄関扉前でハルは足を止めた。それに気づかず、二人が先に外へ出て行く。 

 傍にゴミ箱があった。ハルはまだ封の切っていないペットボトルをゴミ箱に捨てた。サングラスの奥の「一」の目と表情は、能面のようだった。


「あれ、貰ったお茶は?」


 ハルが二人のいるバス停に追いつくと、チユが振り返って訊いた。


「病室に忘れたみたい」


 ハルは探すふりをしてから答えた。


「取ってきます?」


 ビョークは日差しを手で遮っていた。ハルは首を振った。


「翔二郎さんの顔に見覚えはありましたか?」

「二六歳なんでしょ? 顔が変わってちゃわからないよ」

「ですよね」





「日記を投稿しようと思うんです」


 ビョークは言った。

 いつもの屋台うどんだった。すでに日は暮れている。

 L字アパートの向かいの分譲住宅、その一つの天井からは、相変わらず樹冠が飛び出している。その黒いシルエットが見える。

 

 成り行きだ。ビョークが提案した。ハルにあのうどんを食べさせてみよう、と。

 

「もちろん、すべてではなく、浮遊島に関する部分のみです。ハルタさんの幼少期が語られている部分であるとか、それ以外は載せません」

「急にどうしたの」

「ずっと考えてたんですよ、どうして浮遊島はイカルガさんではなく、ハルタさんを蘇らせたのか」


 ビョークは研究所にある日記のコピーを何度も読み直したという。

 ハルタが何を伝えたがったのか、それを知るためだ。

 

「あのメッセージは、見つけること以上に、探す行為の方が重要なんです。ハルタさんは、攻略者たちの求める心を必要とした。はっきりとそう書かれています。それが針の塔に呼応し、彼女を蘇らせると信じていた。それがハルタさんのイメージです」

「どうしてそれが、イカルガさんを蘇らせることに繋がるの? スノードームがそういうものだから?」

「イメージを具現化する装置だからです」

「そういうものってことか」

「イメージが明確で、目的が定まっていて、イメージと目的がシンクロしている必要があります。あれは色々とわかっていないことが多いんです。教典と一緒で」

「麺伸びちゃうよ。てか、ネギ入れ過ぎでしょ」


 チユのどんぶりを見て、ハルが言った。


「無限ネギっていうの、これ」


 チユがにやつく。


「アホみたい」


 そう言ってハルはうどんをすすった。

 ハルのどんぶりには、ネギは入っていなかった。チユは鼻からため息をもらし、うどんをすすった。


「で、なんで日記を投稿するの?」


 チユはビョークに続きを訊いた。


「気づいたことがあるんです」


 二人の間でうどんを啜るハルを、ビョークは見た。


「あのタイミングで、どうしてハルタさんが島に現れたのか。あの日以前に山羊もホテルも、ハルタさんも、あの丘にはいなかったと集会場のあの男は言っていました

「どうしてなの?」

「僕ら二人が登頂したからです」


 おそらく、とビョークは付け加えた。


「どういうこと?」

「例えば、あそこにいた逗留者たちが知らなくて、僕たちだけが知っていることがあります」

「日記?」

「そう、日記の内容です。僕らだけがあの島の目的を知っています。二年前、僕はいぬぺろと島に登った。そのときは何も起こらなかった」

「日記を読んでなかったから?」


 そのとき日記は、まだチユによって隠されていた。ビョークは存在すら知らなかった。


「メッセージカードをすべて集め、一つの文章にすれば……あるいは、あの島がある女性を蘇らせるための装置である、というところまではわかるのかもしれません。何故ならメッセージカードには、イカルガさんにまつわる記述が書かれているからです。でも丘で交渉したあの男が言うように、逗留者たちはメッセージを読み取ろうとはしなかった。あの老人が言ったように、日銭稼ぎのミーハーたちによって島は踏み荒らされた」


 ビョークがうどんを食べ終え、汁を豪快に飲み干した。どんぶりを置いた。


「浮遊島は、青光りする花畑と白い針の塔があって一つです。それがない浮遊島は、浮遊島じゃない。踏み荒らされ、何か不具合が発生したのかもしれません。でも一つはハルタさんの予想通りに機能した」

「それが廃ホテルと山羊と、ハル……」

「そうです。島の目的を知っている者が浮遊島内に現れると、島は反応する」

「あの島が、イカルガさんを蘇らせる装置であることを知っているかどうか、それが重要だったってこと?」

「そんなところです。島内にいる誰かがそれを知ったとき、島は彼女を蘇生するために動き出す。だから僕らが登頂すると、島は動き出した」

「蘇ったのはハルだけど」

「そこが問題です。なので、いっそのことすべて開示してしまいましょう。投稿すれば、浮遊島にいる逗留者たちの誰かは見るはずです」

「それで反応を見るってこと?」

「まあ、でももうそれを知っている僕らが一度登っちゃってますから、何も起きないのが普通でしょうけど。念のためってやつです」


 チユは頷いた。


「うん、いいと思う。やろ」

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