第10話 “開多家”

 テーブルを挟み、三人は老人と向かい合った。

 彼は父方の祖父だった。


 ビョークはハルについて完結に説明した。

 一九歳の頃、ハルタはヘルデに変身したと思われる。

 その二年後、隣にいるチユがハルタとは知らずヘルデを殺害。

 先日、浮遊島へ登頂した際、島内でこの山羊を見つけた。


「彼は自分をハルタさんだと言い、彼女を──」


 ビョークはチユを手で示す。


「チユさんを、イカルガさんと見間違ったんです。イカルガさんを知っていたことから、ハルタさんではないかという仮説に至りまし。その可能性を考慮し、一時保護することにしました」

「あんた、いかるがさんとこの娘さんと違うんか?」


 祖父は煙草に火をつけた。


「違います」

「そら見間違うわな。なあ、ハル」


 祖父は小刻みに二、三度頷いた。感心するように。

 

「瓜二つや」

「彼をハルタさんだと思ったのには、もう一つ理由があります。彼に耳絶ちが通じなかったからです」


 祖父は納得したような顔をした。


「じゃあ、ハルや」

「ご家族の間でも、ハルタさんが耳絶ちの影響を受けないことは……?」

「知っとる。ハルは幼稚園の頃から耳絶ちが通じひんかった」

「おばあちゃんは?」


 ハルが台所のほうを見ながら訊いた。


「もう死んだ」


 たんぱくに祖父が答えると、ハルは黙った。


「ハル、いまいくつや?」

「一三」

「一三か……」

「記憶喪失なんです。ご家族に会えば、記憶を取り戻せるのではないかと思ったんですが」


 ビョークが答えると、祖父は頷いた。


「バステル村の図書館でこれを見つけました」


 ビョークは村勢要覧を開き、最終ページ下部の住所を指で示した。


「ここに“開多ヤスリ”とあります。住所も」

「ハルの父親や」

「あの、彼のご両親はどこに?」


 ハルから聞いているので、ここに彼の両親がいないことはわかっている。

 それでも正確な情報が欲しい。

 ハルの言葉はぶつ切りで簡潔的ではない。要領を得ない部分が多い。


「あの子には悪いことした……」

「あの子?」

いかるがさんの娘さんや。ハルの母親は、たわらセリ言うてな。セリとヤスリは、この子を自殺山で殺すつもりやった。首吊り自殺に見せかけて。村の習わしは知っとるか?」

「知ってます」


 チユが頷いた。


「チユさんもご両親に殺されかけた過去がありまして」

「あんたも蓋魔か?」

「はい」

「そうか……。一三歳までに耳絶ちが萌芽ほうがせん子は、蓋魔。蓋ノ人やない。人でないもんは殺す。この子の親はな、ついでにいかるがさんの娘さんも殺そうとした。ハルもあの村に越してきたんは小一の頃やったけどな、あの一家は娘さんが小三のときに越してきた。そやから習わしを理解してへんかった。自分の娘に耳絶ちが芽吹いてへんことを、どうとも思おてへんかった。あの頃、ヤスリは村のリーダー的な立ち位置やった。村の雰囲気を察して、他所の子の処理まで自分らでやろうとしたんや」


 祖父は反対したという。


「なんや、たまたま通りかかったチンピラに助けられた言うて……ハル、なんやった? ほーれーやったか、ふーれーやったか」

「ハーレー」


 ハルが答えた。


「ああ、そやそや、ハーレーや。変な名前やろ」


 祖父の黒光りした顔が笑った。煙草をふかす。


「イカルガはどうしたの? 家に行ったけどいなかった」


 ハルが訊くと、祖父は目を丸くした。


「自殺したんと違うんか? 言うてたやろ、ハル……ああ、覚えてへんのやったな」


 ハルはまた黙った。「一」の視線がテーブルへ落ちるのが見えた。


「あの、彼を一目見て、その、直感でいいんですが、ハルタさんだと思われますか?」

「んん、ハルや。そう思う」


 彼はすんなり認め、頷いた。躊躇いも、考えるような間もなかった。


「どうしてそう思うんですか?」

「なんとなくや。孫は見間違わへん」

「なるほど」


 納得しているわけではなかった。他に確認しておいた方がいいことはないだろうか、と考えながらビョークは隣で沈黙しているハルを見た。

 

「あの、例えば彼の同窓生の連絡先を知りませんか?」


 思いつきだった。

 この家を見つけてからの、ハルの表情や行動が気になっていた。

 彼には一三歳までの記憶があり、目的もはっきりしている。

 目の前の老人を自分の祖父だと理解しているし、接し慣れてもいる。外見の問題があり、チユほど呑み込めてはいなかったが、ビョークも信じ始めていた。

 彼は“ハルタさん”なのかもしれない。


「彼にいろいろ思い出してもらうために、きっかけがあればと思いまして。誰でもいいので、とりえあず会わせてみたいんです」

「みんな死んだ」


 ビョークの頭の中がすうっと真っ白になった。

 驚いたような顔のまま、彼は固まった。死んだ、というカサブタの声が遅れて頭に入ってくる。


「死んだ?」

「中学の同窓生やろ? 同窓生いうたら、それくらいしかおらん。ハルは高校行ってへんもんな。なんや、あのチンピラにそそのかされて、潜りになる言い出したから」

「その、死んだというのは、どういう……」

「同窓会で火事があったんや」


 突然ビョークの脳裏に、浮遊島の丘の頂上にある廃ホテルの姿が浮かんだ。畳通りの空き地と、写真で見たホテルの外観、内装が順に浮かぶ。


「成人式の日ですか?」


 その日は成人式だったんです──。

 不動産屋の男性スタッフの声が蘇る。


「それって畳通り沿いの、ホテルの……」

「なんや、知っとったんか」

「いえ、よくは知りません。たまたま最近、その件について調べる機会があったもので」

「あの火事でみんな死んだ。同窓会に来てない子もおったか知らんけど。あ、そやった」


 祖父は立ち上がり、引き出しを漁り始めた。

 すると中から手帳を取り出し、こちらに振り返りながらページをくった。


「一人、その火災で生き残った子がおったわ」


 差し出された手帳には、病院の住所がメモしてあった。

 日々野翔二郎、と名前が書かれていた。

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