第5話 “島酔い”

 かつて集会場は、島内を巡る旅人たちの拠点だった。

 島内の情報が集った。

 いまでは飲んだくれたちの食堂だ。

 長テーブルと長椅子が規則的に配置されている。


 パンフレットは隅に追いやられていた。

 なごりで未だ置かれているという感じだ。

 

「あんたら、そいつをどうするつもりなんだ」


 廃ホテル前で交渉した男だった。

 彼は三つ分の皿をそれぞれ持ってきてくれた。

 皿には焼きたてのラム肉が乗っている。

 ラムの匂いが鼻孔をかすめると、ビョークは手で口元を隠した。

 ハルタのことを思い出して吐きそうになった。


「なあ、一つ聞きてぇんだが、他の山羊もおまえのように喋れたのか?」


 山羊──ハルは首を振った。


「もう確かめようもないか」

「あの、お聞きしたいことがあるんですが」


 ビョークが言った。

 男は何でも聞いてくれというような態度だった。

 

「このパンフレットですが、内容が二年前と同じだと思うんです。僕の記憶が正しければですけど。“メッセージカード”はもうすべて集まったんですか?」

「メッセージカード?」

「はい」

「……ああ、あれか。あんなもん、もう誰も探してねぇよ」

「え」

「この島が解放された最初のころには、すでに誰も興味がなかった。みんなが欲しがったのは、そいつと一緒にあるお宝のほうだ」

「お宝……?」


 チユが言葉をなぞる。


「島のあちこちに宝箱が隠されてたんだ。なかに金品の類が入ってた。地上で売れば、かなりの額になったって話だ、知らんけど。カードはその箱のなかに入ってた。でも誰も興味がなかった。中身だけ抜かれた箱の傍に、カードが捨てられてることもあった。お前ら、まさか宝狙いか? だったら諦めろ。多分、もう全部見つかってる」


 ショックを受けたようにビョークの質問が一度途切れる。


「あの……二年前、僕はこの島に来たことがあるんです。そのとき、あの丘の一帯には、青く光る花畑が広がっていたはずなんです」

「花?」

「はい」

「どんな花?」


 チユが訊いた。


「わかりません。とにかく幻想的で、青く光っていました。花畑の頂上に、白い針のような塔もあったはずです。でも二年ぶりに来てみると花はなく、塔もなく、廃墟のホテルが──」


 男が突然、皿とテーブルにゲロをぶちまけた。

 チユが立ち上がって避難する。

 ビョークも席を立った。

 周囲の逗留者たちが何ごとかと振り返っている。

 男の顔は硬直していた。目を丸くしている。


 そのうち表情を取り戻し、口元を手の甲で拭った。


「悪い。ちょっと待っててくれ」


 男は冷静に見えた。席を離れていった。

 ビョークとチユは男を目で追った。

 彼は集会場の隅で、誰か数人と話をしているようだった。

 しばらく見ていると、突然その数人が嘔吐した。


「待たせて悪い」


 男は席へ戻ってくるなり、自分の吐いたゲロの掃除をした。

 その間、周囲の長テーブルからゲロを吐く音がたびたび聞こえた。

 集会場内の逗留者たちが、次々とゲロを吐いている。


「話の続きをしよう。確か、ホテルがどうとか言ってたな」

「丘の一帯が、二年前は青く光る花々で満たされていたはずだと」

「そうだったそうだった」


 男の顔色は正常であった。


「それなんだけどよ、あんたに聞かされて俺も驚いた。いまその話をみんなに聞かせてまわってるところだ」


 男は集会場内をなぞるように指を差した。


「あんたの言う通りだ、確かにあそこには青光りする花畑と白い塔があった」

「でもいまは廃墟しかありません。あと山羊と」

「おそらくだが、あのホテルはつい数時間前に現れた」

「どういうことです?」

「あんたら、この島に疎いんだな。少なくともあのホテルやあの山羊や」


 男は目の前の山羊を指差した。


「それから、こいつもだ。これらは、今日の昼にはあそこになかった」

「なかった?」

「だいたい夕方ぐらいか? 日が落ちる頃、あの丘にホテルや山羊は現れた。それを俺らは昔からそこにあったように思ってた。あんたが俺に、青く光る花畑の話と、白い塔の話をするまではな」


 男はその現象に心当たりがあるようだった。


「島酔い──俺らはそう呼んでる。この島はときどき、そんなふうに人を変えちまう。嘘に気づくと、気持ち悪くないのになぜか吐いちまうんだ」

「まるで教典の……」


 ビョークは何か言おうとしたが止めた。

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