第4話 “13歳のハル”
ホテルの火はそれほど大きくはなかった。
逗留者たちは火を消し止めると、三階で大量の山羊の焼死体を見つけた。
ビョークたちはバケツリレーの列に加わった。
三階から人の手を渡って流れてくる焼けた山羊を後列へ受け渡す作業だ。
ハルを自称する山羊も参加した。
三人は、一階エントランス付近で待機した。
「お姉ちゃん、イカルガじゃないの?」
「うん」
「じゃあ誰なの?」
「チユ」
「チユ?」
「あなたの方こそ、本当にハル?」
「本当って?」
「僕らの知り合いに、ハルタという人がいるんです」
「その呼び方、好きじゃない」
「呼び方?」
ビョークが疑問を浮かべた。
「ハルタって呼び方。イカルガじゃないのに、どうして僕の名前知ってるの?」
山羊が悪戯を企てるような笑みを浮かべた。
チユの言葉を信じていない。
イカルガだと思い込んでいるらしい。
確かに、彼女の顔はイカルガに瓜二つだ。
チユは一九歳になった。
生前のイカルガと同じ歳だ。
ビョークですら記憶の中のイカルガと今のチユの見分けがつかない。
この山羊がハルタであるかどうかはともかく。
少なくとも彼は、イカルガを知っている。
「僕の親を警戒してるの?」
「どういうこと?」
「大丈夫だよ、お母さんはもういない。おじいちゃんの話では、いまごろ青色大陸さ。もう誰も僕らを殺しにこない」
「何を言ってるんですか?」
ビョークはチユと目を合わせた。
仮にこの山羊がハルタなのだとしよう。
『僕』という一人称をハルタは使わない。
ハルタの一人称は『俺』だ。
「あなた、歳はいくつ?」
「来年で一三歳。ねえ、いつまで知らんぷりするつもり?」
「してない。わたしはイカルガじゃない。顔が似てるってことは知ってるけど、でもイカルガじゃないの」
「なんでイカルガを知ってるの?」
「さっきビョークが言ったでしょ。わたしたちの知り合いにハルタって人がいるの。イカルガさんのことは、彼から聞いた」
「ハルタさんが言ってました。イカルガさんとハルタさんは生年月日が同じだそうですね」
「三月三日だよ。なんで知ってるの?」
「そうなの?」
チユはビョークに確認した。
「……はい。当たりです」
潜りや旅団結成を目指す者の中には、イカルガを知る者は何人もいた。
イカルガを知っているだけならともかく、生年月日まで知っているとなると別だ。
近親者か同窓生、あるいは……。
この山羊はハルタである──。
ビョークは、そう考える方が辻褄が合いそうに思えてきた。
しかし山羊だ。口調も生前の彼と違う。
生前のハルタは一九歳だった。
「失礼ですが、あなたは蓋魔ですか?」
「だったら何?」
「イカルガさんも蓋魔ですよね?」
「うん」
「彼女はきみの幼馴染で」
「幼馴染?」
「はい」
「……どうだろう。イカルガは小学校三年生の頃に転校してきた。だけど初めて喋ったのはつい最近だよ。同級生ではあるけど、幼馴染って感じじゃないかな」
生前のハルタから聞かされていた話と違った。
尋問する立場であったはずが、ビョークは言い負かされたような感覚になった。
「最近とは?」
「言いたくない。あんたが誰かも知らないし」
「ビョークです。さっき自己紹介したでしょ」
「そういう意味じゃない。あんたは親しくない人になんでもぺらぺら喋るのか?」
「喋りませんね」
「あなたのことが知りたいの。だから彼は質問してるの」
「そうなの?」
チユがフォローした。
この山羊は、チユの言葉に弱いらしい。
彼女に話をさせたほうが得策だろうか。
「お父さんとお母さんが、僕を殺そうとしたんだ。そのときにイカルガも一緒に殺そうとした。
「わたしと同じ……」
チユの呟く声をビョークは聞いた。
「蓋魔を自殺に見せかけて殺すっていう、あれですか」
「そう。
チユがこちらを見たので、ビョークは首を小さく振った。
初耳だった。
彼女が言いかけた通りだ。
それではまるで、かつてのチユのようだ。
「熱線ってわかる?」
山羊が訊いた。
チユとビョークは頷いた。
「イカルガの熱線が僕のお父さんに当たったんだ。で、お父さんは死んだ。お母さんはびっくりして逃げた。偶然そこにハーレーさんが通りかかって」
「ハーレー……
ビョークは驚きを隠せなかった。
彼の名が山羊の口から、それも一三歳のハルタを自称する山羊の口から出てきたことに思考が追いつかなかった。
この山羊は、本当にハルタなのではないか。
「どうしたの、ビョーク」
「ハルタさんからは、イカルガさんとは幼馴染だと伺っていたので……幼馴染って、何歳くらいからつき合いがあると幼馴染なんでしょう?」
「さあ。幼稚園とか?」
「ですよね……それくらいからですよね。じゃあ幼馴染じゃないか」
「ビョークはどう思う?」
「チユさんはどう思ってるんですか?」
「わたしは……ここって、熱線魔を生き返らせるための島なんでしょ? 仮に彼がハルなんだとして、なんでハルが蘇ってるの? それも山羊の見た目で、一三歳で」
「わかりません」
「何か気づいたことは?」
「僕が出会ったとき、ハルタさんは一五歳でした。その時点で彼の隣にはハーレーもフォソーラもいました。確かに、あの二人といつ出会ったのか、僕はハルタさんから聞いたことがありません。この山羊の……彼の言っていることは案外本当かもしれません」
「じゃあ、本物のハルってこと?」
「それは……」
ハルタで間違い──。
そう答えるには材料が足らなさ過ぎる。
もう少し調べる必要があった。
現時点では、わからないとしか言いようがない。
しかし認めざるを得ない点も多い。
ハルタしか知り得ない情報を持っているように感じられた。それはチユも同じだろう。
二人とも考えていることは同じだ。
「ハーレーさんを知ってるの?」
山羊が訊いた。
「お礼を言いたいんだ。どこにいる?」
「ハルタさん、落ち着いて聞いてください」
ハルタさん、とビョークはあえて生前と同じ呼び方をした。
「あなたは記憶喪失です」
丸焦げの山羊が、上から運ばれてきた。
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