第17話 “浮遊島、爆誕!”
場所はいつもと同じアパートの目の前だ
事前に店主へ伝え、屋台を開けてもらっていた。
アパートの路地を挟んだ向かいに、分譲住宅が立ち並んでいる。
ある住宅の屋根から樹木が突き破り、樹冠が広がっていた。
ハルタが行方不明になる以前のことだ。
この家の家族がこの樹木で首を吊って心中したらしい。
ここらでは有名な話だ。
ビョークはチユから聞いた。
チユはハルから教えてもらったという。
「この家、誰か住んでるんですか?」
「さあ」
樹木に乗っ取られたような家をよそ目に、席へついた。
「こんなに稼いできたよ」
リュックからチユが札束を見せた。
ビョークは優しい顔をした。
「ハルタさんも驚くでしょう」
「手がかりは?」
ビョークは首をふった。
「全くです。あの日みた蓋ノ騎士も行方知れずのままですし……一体何があったんでしょう」
「山羊うどん一丁」
店主がカウンターにどんぶりを置いた。
「もう一丁、山羊うどん」
店主はもう一つ置いた。
二人はどんぶりを受け取り、テーブルへ置いた。
湯気と香りが鼻へ入ってくる。
「いいにおいですねぇ」
「山羊臭くは、ないね」
「ったりめぇよ。臭いは処理してある」
チユが小さいトングを手に持ち、サービスのネギをトッピングした。
麺が隠れるまで。
どんぶりに、ねぎがこんもり盛った。
「わたしはこれを、無限ねぎと呼ぶ!」
割り箸を握りしめ、チユは拳を上げた。
大将が笑った。
ビョークも同じようにねぎを盛りつけた。
「チユさんの初ソロ狩りを祝して」
ビョークが箸を割る。
ふたりは顔を見合わせた。
「ハルがそのうち帰ってきますように!」
チユも箸を割った。
ふたりはねぎに食らいついた。
むしゃむしゃと咀嚼した。
もはやこれが山羊の出汁で採ったつゆなのかどうかすらわからなかった。
臭みがあろうがなかろうが、すべてねぎが風味をもっていってしまう。
チユの箸が止まった。
「ハルにも祝ってほしかったな……」
服の袖で目をこすると、チユはねぎを頬張った。
誤魔化しながら麺をすする彼女の横顔に、ビョークが悲し気な顔をした。
チユは鼻水をすすり、麺をすすった。
「はじめての単独討伐はいかかでしたか?」
ビョークは和ませようとした。
「妙なヘルデだった」
うどんを嚙みながらチユは言った。
少し鼻声だった。
「妙?」
「なんかすごく目が合ったというか」
「目が合った?」
「あ、そうだ」
チユがリュックを開けた。
「なんかね、こんなの見つけた」
「なんです?」
チユの手に、一瞬見覚えのあるものをビョークは見た気がした。
「それ……」
パリン、とガラスの割れる音がした。
路地にガラス片が散らばる。
「しまった、割っちゃった」
視界が光で満たされた。
ビョークは目を瞑り、手で眩しさを遮った。
打ち上げ花火のような音がした。
ビョークは薄目を開けた。
光の玉が龍のように上空へ昇ってゆく。
それは突然収縮するように消えた。
かと思うと巨大な爆発を起こし、空全体に波を起こした。
何重にも重なる円が広がってゆく。
かと思うと瞬間的に収縮した。
辺りは静かだった。
屋台の屋根が吹き飛んでいる。
屋根以外はさほど被害を受けていない。
チユが空を見上げて静止していた。
「島……?」
上空に、山を逆さにしたような島が浮いている。
住宅から人が出てきた。
同じように空を見上げている。
「どうして……」
「ビョーク、あれ島だよねぇ?」
「チユさん!」
ビョークはチユの両肩を強くつかんだ。
チユは背筋を伸ばす。
「何をしたんですか」
「ちょ、痛いって」
「リュックから何を……僕に何を見せようとしたんですか? まさか、スノードームを見せようとしたんじゃ」
「え、なんでわかったの?」
ビョークは固まった。
「ヘルデのそばに落ちてたの」
「スノードームが……?」
「ビョーク?」
「ヘルデが、あれを……」
ビョークの手が小刻みに震えた。
ああ、ああ、ああ──。
彼は震えた悲鳴を上げた。ゾンビみたいに。
テーブルの上のうどんが無事だった。
彼はどんぶりの底を覗き見た。
するとテーブルの下へ嘔吐した。
「ビョーク!」
チユはビョークの背中をさすった。
「山羊うどん、口に合わなかった?」
「……これは、いいことのはずです。僕らは……成功したんだ」
ビョークの肩が揺れ始める。
両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「そうですよね、ハルタさん……」
ビョークは泣き声を上げた。
むせ返るほどに泣いた。
「ビョーク?」
チユの心配そうな顔が目の前に現れる。
やがて正気を取り戻しながらビョークは告げた。
「あのヘルデは、ハルタさんです」
絶句というより、チユは意味がわかっていない様子。
口元がやや笑っている。
「あのヘルデが、ハルタ……?」
「スノードーム……あれこそ、僕とハルタさんがイカルガさんを生き返らせるために準備していた、計画そのものです。だから持ってるわけないんだ……ハルタさん以外が」
「意味がわからない」
「ヘルデが持っていたというなら、そのヘルデがハルタさんだということです」
「ヘルデが奪ったのかもしれないじゃない、ハルタから……うん、そう。だからハルタは帰ってこないんだ」
「そっちの方がマシですか?」
「え」
「ハルタさんが、ヘルデに殺されていた方がマシですか?」
「わたしは……」
「耳絶ちが通じないヘルデなんて、他にいますか?」
「どういうこと?」
「ハルタさんはただの蓋魔じゃない。あの人にも、耳絶ちが通じないんです」
チユは絶句した。
「ハルタさんから聞いてないんですか?」
チユは動揺しながら浅く頷いた。
「てっきり知っているんだと思っていました。だから、薄々気づいているんだと……」
チユは嘔吐した。
吐き切り、ややって口元を拭った。
「いつから気づいてたの?」
「耳絶ちの通じないヘルデがいた……チユさんがそう言って帰ってきたときには、そうなんじゃないかと思ってました」
「だったら何で」
「確証があったわけではありません。ヘルデについては、僕も何も知らないんです。でもチユさんも、合唱コンクールの日、体育館で見たのでは?」
「何を?」
「人がヘルデになる姿を」
チユの目が泳いだ。
あの日の体育館の光景を思い出しているのだろうか。
「ヘルデの正体は、人間です。
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