第16話 “過去の清算”

 河川敷の途中でチユは立ち止まった。

 進路上に、シブミが立っていた。

 久しぶりに会った。

 無言のまま、ふたりはしばらく見合った。


「行方不明なんて嘘だ」


 シブミから切り出す。


「みんな施設に入っちまった。ヒグレも、ムロチも、みんな……。俺は見たぞ」


 クラスメイトの名前を列挙されても、ぴんとこなかった。

 人の顔を覚えるのは得意な方だ。

 

「おまえが殺したんだ」


 シブミの語気が荒々しくなった。


「口から何か吐いて、それでみんなを殺した。あの火災も、全部おまえのせいだ」

「そう先生に言えばいいじゃん」

臓洗にくあらいも死んだ。フルちゃん先生も……」


 フルちゃん先生、とは副担任の女性教員のことだ。


「誰も信じてくれねぇ。そのうち、俺まで頭がおかしいと思われちまう」

「だから?」

「よくそんな顔できるな。ああ、それのせいか」


 シブミがリヤカーを見た。


碑文谷ひもんやが言ってた。おまえは潜りをしてるって。本当だったんだな」


 碑文谷は同じクラスの男子生徒の苗字だ。

 合掌コンクール当日、体調を崩し休んでいたため、騒動を見ていない。


「関係ある?」

「違う」

「は?」

「関係を絶ちたいんだ、俺らは」

「意味わかんない」

「耳絶ちのないやつは、蓋ノ人とは言えない」

「別にいいもん。蓋ノ人じゃなくても、わたしはわたしだもん」

「俺たちは嫌なんだ。同級生から蓋魔なんか出しちまったら、あの土地から蓋魔なんか出しちまったら、みんながそういう目で見られる。──姥捨照ばすてる? 聞いたことないなぁ……ああ、あの蓋魔が出たところかぁ、ってな。関係ないなんて当たりまえのことなんだよ。俺たちはおまえと、関係を持ちたくないんだ。意味わかるだろ?」

「わかんない」

「それ、置いてけよ。代わりに俺が運んでやる。いい金になるんだって?」

「うるさい」


 シブミが苛立った。

 目が据わった。


「蓋魔は山へ帰れ」

「どきなよ、そこ」


 リヤカーのハンドルを握りなおした。

 チユはシブミを相手にする気がなかった。

 楯蓋を構え、走ってくるシブミの姿が見えた。

 辺りに突風が吹いている。

 シブミは飛んで楯蓋を向けた。

 チユには見えていた──。

 

 ステーキカバーが地面にめり込んでいる。

 シブミの首筋に、背後からチユがナイフの刃を当てていた。


「ヘルデより遅い」


 シブミは息をのんだ。


「少しでも動いたら頸動脈を切るから。股のところの太い動脈もついでに切って、確実に殺すから。ヘルデより肉が薄いし、すぐだよ」

「どうやって……」

「なにが?」

「蓋したはずだ」

「どうやって避けたかってこと? 簡単だよ。ステーキカバーの範囲内に入っていなければいいだけだもん。ふちの外に、体のすべてがあればいい。でないと蓋をすることはできない」


 ビョークの受け売りだった。


「見た目からじゃなくて、原理から学ぶべきだったね。楯蓋のサイズは、直径約七六センチメートル。その名のとおり、蓋としての機能が大きい。でも引きずり込むわけじゃない、蓋をするだけ」

「わかったからって、できるわけじゃない。そんな速く……」

「そう、わたしはできるの。わたしだから」


 チユはステーキカバーを見た。


「それ、また盗んできたんだ。騎士団の蔵から?」


 シブミの喉仏がごくりと動いた。


「お兄さん、行方不明なんだってね」


 彼は応えなかった。


「早く見つかるといいね」


 チユはナイフを離した。

 

 リヤカーを曳いて、彼の傍を素通りする。

 シブミが両膝から崩れ落ちるのがわかった。

 シブミの兄だけではない。行方不明なのは、ハルタも同じだ。

 チユは一五歳になった。

 あれから二年が経つ。

 ハルタは戻ってきていない。


 シブミはきっと寂しいのだろう。

 チユには、その寂しさがわかるような気がした。





 皮革工場でヘルデの皮を換金した。

 人間愛護教会へ向かい、血を換金したあとビョークの研究室へ向かった。


「ビョーク、戻ったよ」


 研究室の扉を開くなり、チユは大声で呼びかけた。

 

「あれ、もうそんな時間ですか」


 二階からビョークが顔を出す。

 フォークリフトみたいにぴんと張った彼の手には、本が積まれていた。

 床に本を下ろし、ビョークは右腕の時計を見た。


「その様子だと、例のヘルデを倒したんですね」

「当ったり前じゃん。」


 チユの笑顔がはじける。


「また名が売れてしまいますね」

「潜りの世界に英雄はいない、でしょ?」

「そうでした」

「お腹すいてない? 屋台に首を預けてきたから、お祝いに食べに行こ」

「準備がいいじゃないですか、チユさんのくせに」


 ビョークはあくびをした。


「くせに、は余計だよ」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 老人のように背中をさすりながら、ビョークが螺旋階段を下りてくる。

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