第14話 “変身”
折れた両腕。
曲がった足首。
腫れた顔は原型を留めていない。
それがハルタであるとは誰が見てもわからないだろう。
瀕死の肉塊を置いて離れてゆく脚家の足が止まった。
「なんだ、まだ生きてんのか」
「しぶといですねぇ」
「だいぶ蹴りましたよ? 楯蓋の角でも殴ったし」
突然ハルタの肩と腕が膨れ上がった。
バルーンアート用の風船に空気を入れるみたいに、それが全身へ広がってゆく。
肥大してゆく。
脚家たちは圧倒され、後ずさった。
ハルタは大きな獣と化した。
首から下は人のものと相違ない。
マーコールのような角に、離れた「一」の目。
山羊だ。
奇声の波がグラウンド全体を襲った。
衝撃波に三人の肌がぴりつく。
「ハルタ……おまえ、ヘルデだったのか」
脚家はわくわくした。
すでに臨戦態勢に入っていた。
いつでも楯蓋を使えるよう従騎士二人が広がり、配置につく。
「あの事件の影響、おまえも受けてたんだな」
脚家は笑い声を上げた。
「これがおまえの最後か。いやぁ、蓋魔に相応しいなぁ。もういい、おまえ蓋しろ。流石にこいつを腕っぷしでどうこうってのはきつい」
突風が吹いた。
一人が頷き、ヘルデの頭上まで飛んだ。
楯蓋を下へ向け、そのまま綺麗に落下してゆく。
強烈な風圧がヘルデを襲う。
その巨体であれ、ヘルデはもう立っていることすらできない。
──そうなるはずだった。
腕全体を使い、チョークで黒板に大きな正円を描くように、ヘルデが腕を回した。
中空にいた従騎士の姿が消えた。
瞬間、パーンという鈍い音がした。
脚家は音のした方向を見た。
校舎の壁に従騎士が張り付いていた。
腕が明後日の方向に曲がり、内臓が飛び出ている。
白目を向いている。
背景の壁に血と肉変が花開くように広がっていた。
水風船をアスファルトに打ちつけた際のようだった。
股下から小便みたいに血肉が垂れている。
「冗談じゃねぇ……撤退だ! 耳絶ちが効かねぇ。やつの特性を継いでやがる」
霧の中からすうっと物が見えるように、ヘルデの手に角材が現れた。
背を向け、離れようとしていた従騎士の姿がまた一つ消えた。
初動がなかった。
ヘルデは角材を片手で軽々と振った。
従騎士は縦に回転しながら飛んでゆき、グラウンドと校舎の境にある短い階段でバウンドした。
腕と脚を一本ずつ欠損し、血を撒き散らしながら校舎の壁に激突する。
ぼとん──。
地面に落ちた。
潰れた体がぷるぷる痙攣している。
次は脚家だ。
ヘルデがこちらへ近づいてくる。
脚家は楯蓋を振り、耳絶ちを起こした。
他の二人のものより強い風が吹いた。
さらにバックハンドのように振って風圧をヘルデへ当てた。
何度も、何発も。
ヘルデはまったく影響を受けない。微動だにしない。
距離が縮まってゆく。
「あれぇ?」
脚家の口角が吊り上がり始める。
「嘘だろぉ?」
痙攣した笑みを浮かべた。
バックハンドした拍子に楯蓋を落としてしまった。
「しまっ!」
脚家へ、手の形の影が覆いかぶさった。
彼は見上げた。
「やめっ──」
蚊をしばくようだった。
ヘルデは開いた片手の平を脚家へ叩きつけた。
乾いた音だった。
手の平の下から、ややねばっこい赤い汁が広がった。
雄叫びを上げるヘルデ。
追悼花壇から霧が漂いはじめていた。
それはグラウンドじゅうへ広がった。
霧に呑まれるとヘルデの姿が透けた。
霧が晴れる頃、ヘルデの姿はなくなっていた。
〇
「待って」
背中でチユが言った。
住宅街を走るビョークの足が止まった。
ビョークの背から滑り降りたチユは二、三歩引き返した。
西の住宅街から見る小学校の敷地内は高低差がある。
地盤を囲む擁壁と、高台のグラウンドには鉄フェンスが張り巡らされていた。
フェンス奥に生え並ぶヒノキが邪魔をして中が見えない。
「いま声が……」
「行きましょう。ハルタさんの足止めが無駄になります」
ハルタの声がした。
気のせいだろうか。
チユはフェンスの先を凝視する。
ややあって向きなおり、視線がアスファルトの上を通ってビョークを見た。
この場を離れたくない。
ハルの傍にいたい。
やりきれない思いを胸に、チユは頷いた。
ビョークの助走に合わせて走り出した。
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