第13話 “私刑《リンチ》”
校門前は果てたように静かだった。
ヘルデも逃げ惑っていた人たちも、みんな住宅街へ散ってしまったのだろう。
ハルタはチユを背負い、校門を飛び出した。
坂を駆け下り、ビョークはその背中へ続いた。
「とりあえず研究室へ行きましょう」
ハルタの肩に、衰弱するチユの顔が見えた。
「いつ出られる?」
「荷造りが済んでからですよ。次の船がいつ出るのかもわかりませんし」
「研究室は、確か法が違うんだったよな」
「法が違う?……ああ、はい、そうですね。あれは人間愛護教会の敷地です。それがどうかしましたか?」
「蓋ノ騎士も入ってこられないか?」
「チユさんのことを心配しているんですか? 大丈夫です、入れません。そんなをことしたら、外交問題に発展します」
「よし」
坂を下りきると小学校の塀沿いのT字路に差し掛かる。
「あの廊下にいた蓋ノ騎士なら大丈夫ですよ、まだ気づかれてません」
ハルタが急いでいるように見えた。
「小学校を横切るぞ」
「横切る?」
ハルタが飛んだ。
単純な跳躍ではない。
ヘルデのようだった。
ビョークはすぐ傍の北門を登りグラウンドへ入った。
ハルタはグラウンドの真ん中で立ち止まっていた。
「追いつかれた」
ビョークが息せき切って追いつくと、ハルタが言った。
「いつのまにそんな身体能力を……?」
そよ風が吹いた。
風を切る音がしてビョークは空を見上げた。
「追いつかれた」
ハルタがまた言った。
クリーム色のコートを着た三人が、グラウンドへ降り立った。
「ハルタじゃないか。ひっさしぶりだなぁ」
脚家の元気がわざとらしい。
「蓋ノ騎士……」
ビョークは息をのんだ。
先日出くわした蓋ノ騎士だ。
商店街から畳通りにかけて逃げ回った、あの日の記憶が思い出される。
真ん中の騎士は、
「あの、何かご用でしょうか?」
ただしそれは蓋ノ騎士が動くような事案ではない。
今は昼だ。
彼らの管轄は、夜中の小学校だ。
「“
脚家は左右の従騎士へ愛想のいい顔を向けた。
二人とも首を疑問を浮かべている。
「瓶を運ぶから瓶夫。ヘルデの血の入った八リットル大瓶、あれを運ぶのがこいつの役目だ。だろ、ハルタ? 蓋魔には、分相応のしのぎってわけだ」
脚家は勝ち誇ったような顔で立っていた。
「こないだは逃がしちまったからな」
「逃がした?」
従騎士が訊いた。
「気づかねぇか? 他の二人も背丈が似てんなぁ」
「ああ、あのときの」
「言われてみれば」
「よくここで鬼ごっこして遊んだなぁ、ハル」
脚家はグラウンドを見渡した。
「おまえと遊んだ覚えはない」
ハルタは振り返ると脚家へ言った。
「おまえは告げ口が好きな奴だった。褒められるために、クラスメイトを利用する癖があった。年相応にいたずら好きで、だが誰よりも早く怖気づく。ことがエスカレートしてくると、自分も参加していたくせに、我関せずという立ち位置で目撃者を気取る。自分の有利になるように出来事の中身を歪める……よく、おまえに罪をなすりつけられた」
「そうだったか? 遊んだろ、中学んとき」
「彼女を頼む。先に行け」
ハルタから預かり、ビョークはチユを背負った。
「ハルタさんは?」
「待てっ!」
脚家が怒鳴った。
「誰が行っていいと言った」
ビョークは心臓がひりついた。人を騙らせる力のある声だった。
「その子に用があんだよ」
「チユさんに?」
「きみ、
脚家は少し腰を曲げ、ビョークの背中のチユへ目線を合わせた。
チユは薄目に、つかれた顔をしていた。
ハルタを見、手を伸ばしハルタの手を握った。
ハルタも握り返した。
脚家が目が一瞬、カッターナイフで切ったみたいに細くなったことにビョークは気づいた。
「先日、このグラウンドで“
楯蓋とは、茜色の丸い盾のことだ。
ラウンドシールドとも呼ばれる。
公道では蓋ノ騎士のみ使用が許されている。耳絶ち──風を操るための道具である。
「照会して、きみのお父さんのものだとわかった。冬彦さんは立派な蓋ノ騎士だ。そんな冬彦さんだが、ここ最近無断欠勤がつづいていてね。なにか知らないかい?」
脚家のぎらついた丸い目がチユを見つめる。
ややあってチユは首を振った。
「そっか」
折り曲げた腰を元に戻し、脚家はいちど空を仰ぎ見た。
「知りたいのはそこじゃない。気になったのは別のことだ。あの北門を見ろ」
ビョークは北門を見た。
「あれは“
「……ああ」
「俺もおまえも、入学して一年にも満たないガキだった。あの事件のあと、門から塀からすべて局地樹でつくりなおしたそうだ。何故かって? 生徒を守れなかった校長と教育委員会が、地域住民の怒りや不安を鎮めるために使った
脚家の口元から笑みがすうっと消えた。
「教えてほしいんだが、あの門、溶かしたのおまえらか?」
「は?」
ハルタは訊かれている意味がわからなかった。
「よく見ろ」
脚家は北門を指さした。
「あの門の角、溶けて曲がってんだよ。隣接する塀も一部だが黒く焦げてる」
ビョークは目を細めた。
「二年前、潜りが事故を起こした」
ハルタが小鼻をぴくつかせた。
「熱線魔が……イカルガが、西側の塀から網から溶かしやがった。ハルタ、もうそろそろ言ってる意味わかるだろ?」
「わからない」
「惚けてどうする? 局地樹ってのはな、何もしなければただの木だ。だが加工を施せば最強の盾となる」
脚家は
「これは熱に強い。ここらの溶接工場が取り扱ってる熱の最高値がいくつか知ってるか? だいたい三二〇〇度くらいだそうだ。つまり、単純な溶接の道具ですら、楯蓋を焼き切ることなんてできない」
塀も門も、網も、すべて局地樹だと脚家は説明した。
「イカルガは楯蓋を焼き切ったんだよ」
「だからどうした」
「大問題だ。これは
雨がぽつぽつと降り始めた。
「長話が過ぎた。ほら、行っていいぞ」
脚家の考えていることがビョークにはわからなかった。
「この島に逃げるところなんてない。逃げられるもんなら逃げてみろ」
見透かしたように脚家が言った。
「ハルタ、おまえは残れ」
「ハルタさん?」
「先に行っててくれ、チユを頼む」
「ハル」
チユが手を伸ばした。
「あとで追いつく。帰ったら旅に出よう」
ハルタはチユの手を両手で握った。
「……約束」
か細い声でチユが言った。
「ああ、約束だ」
チユの手からハルタの指がすり抜けてゆく。
ぎりぎりまでチユは手を伸ばした。
ビョークはチユを背負い、走り去った。
〇
「似てるな、イカルガに……」
脚家を睨みつけた。
言い返す気すら起きなかった。
「自殺したらしいな、あいつ……あの子とどういう関係だ?……未成年略取って知ってっか?」
脚家は質問を畳みかけた。
「まあ、いい。ただならぬ関係にあろうが、おまえが蓋魔で変態だろうが関心はない」
脚家が楯蓋をグラウンドへ捨てた。
従騎士のひとりが不思議がる。
「楯蓋は置いておけ。邪魔になる」
戸惑いつつ、ふたりは言われた通りにした。
「ハルは蓋魔だが、普通とは違う」
「蓋魔というと、前に話されていた耳絶ちが芽吹いていない者のことですよねぇ?」
脚家が拳を丸め、指を鳴らした。
「見とけ。こいつにはなぁ、こうやんよ」
すり足で詰め寄り、脚家は殴りかかってきた。
顔を殴られ、俺はよろめいた。
「力強い!」
「ナイスパンチ」
「何故だかこいつには、昔から耳絶ちが効かん」
「耳絶ちが?」
「そんなことあるんですか?」
「知らん。とにかく効かんのだ。風圧の影響を全くといっていいほど受けない」
「そりゃまた」
「厄介だ」
「中学生の頃だったか、授業の一環でこいつに蓋をしたことがあった。こいつは俺の蓋を剥がして這い出てきやがった。おかげで俺は笑いものだ。先生までしばらく俺が下手なんだとそう思ってた。でも違った。蓋をしたあとの楯蓋は、蓋をした本人にしか剥がせない。だが耳絶ちの影響を受けないこいつは、誰が蓋をしたものであっても簡単に剥がせてしまう」
「嘘でしょ。それ、ほとんど犯罪じゃないすか?」
「そんなのが、なんで未だに放置されてるんです?」
「わからん。気味が悪いんで、そのうち誰も話さなくなった。なんとなくその件について触れるのはやめようということになった気がする」
「気がするって……」
「そんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは、じゃあ、どうすりゃいいかって話だ」
従騎士二人は首を傾げた。
「耳絶ちが効かない、風圧の影響を受けない、蓋をすることができない。じゃあ、どうすりゃいい? どうやってこいつを仕留める?」
二人は考える顔をする。
「簡単だ」
脚家がにやついた。
「殴りゃあいい」
従騎士二人は顔を見合わせ、納得して笑顔になった。
三人がこちらへ近づいてくる。
覚悟した。
ビョークはうまく逃げられるだろうか。
できれば俺のことは待たず、島の外へチユと逃げてほしい。
一つ心残りがあるとすれば、チユとの約束を守れそうにないことだ。
もう会えそうにない。
三人に取り囲まれた。
脚家が卑しく笑っている。
俺はリンチされた。
顔を蹴られ、腹を蹴られ、泥水の上にうずくまった。
雨が降っている。
俺は何度も踏み潰された。
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