第31話

「有宇は、頑張る理由をもう少し前向きにしてみ?」


「前向き?」


「がっかりされたら悲しい。


だけど、ありがとうって誰かに感謝されたら、それだけで嬉しいよ。そういう些細なことで頑張れるものだよ。


有宇は自分を追い込んでばっかりで、そういう嬉しさが今ちょっとあまりに欠けてるから。」



「ありがとう、なんて、最近言われて無いなあ。」


ぽつり呟くと、ミツはやっぱりマスク越しに少し困ったような息を出す。



「…あと、他の人をもっと頼んなよ。その時は、有宇がお礼言ってあげれば良いよ。」



さっきまでの私のドロドロした気持ちを、この人はどうしてこんなに、あっさりと別の理論に変えてしまえるんだろう。


「…ありがとう、のために頑張るのは、良いね。」


涙は止めて、それでもよろめいたような頼りない声になったけど、私はミツにそう伝える。



「……現に俺は、有宇に笑ってお礼言われて、この一週間はお弁当作ってあげたいって気持ちになってるけど。」




「………オネダリはしてないよ。」



馬鹿、そう言って笑って、こちらを見つめる穏やかに甘く溶けた目元に、心が解れていく感覚が、難しく考えなくたって分かってしまった。

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