ローカルアイドルとの出会い

 神田林ゆりなが卒業するという。もちろん学校ではなくスカイマンバ19からの卒業だ。アイドルグループを卒業するとアイドル自体を卒業するというのが一般的な認識である。


 彼女の場合はピアノが得意な上にミュージカルで実績を作ってきた。だからアイドルを卒業して自分の可能性を広げようと考えたに違いない。


 これまで神田林ゆりなを推してきたファンたちはどうするのだろう。他のメンバーに鞍替えするいわゆる“推し変”か、あるいはアイドルではなくなっても神田林ゆりなを引き続き応援するか。いったいどちらを選ぶのだろう。


 このところわたしは“たかなシスターズ”を推している。だから神田林ゆりなの卒業発表を聞いて、ついダブらせてしまった。


 たかなシスターズは九州で誕生して九州を拠点とするローカルアイドルグループだ。わたしよりずっと年上で親戚のお姉さんを応援する感情に近い。都会のごちゃごちゃした空気や人間関係に疲れたときなどYouTubeで彼女たちの動画を見ると癒やされる。


 もともとは名産品の高菜漬けや辛子高菜を作るのに使う野菜の「たかな」をPRするために結成されたという。メンバーはユウカ、エリナ、メグの3人からなる。当初は「たかな、たかな、たかな~」とアピールするテーマソングを歌っていたものだ。やがて人気の高まりとともにアイドルグループとして活動を続けることになりCDも出している。


 わたしは阿蘇をドライブする爽快感を歌ったミドルテンポの『笑ってやまなみさん』が特にお気に入りだ。久々の新曲『自然体の法則』もバラード調で味わい深い。


 アイドルグループと言えば全国ツアーやドーム公演で何千何万人もの観客を動員して、握手会イベントを開催すれば会場が埋まるほど長蛇の列ができる。わたしも以前はそんな風に思っていた。


 メディアの報道だけしか知らず、偏った先入観でガチガチだったわたしは、たかなシスターズを初めて知ったとき“負け組”のレッテルを貼ってしまった。今のわたしから言わせれば軽蔑に値するほど器の小さい女である。視野の狭さは自らが痛い目に遭うことで多少なりとも改善されたと思うし、そうであってほしい。


 たかなシスターズは地元で生まれて育てられた。まさに名産アイドルと言えるだろう。春先には初市、7月には江戸時代から続くとされる勇壮な夏祭り、秋には隣町と盛り上がる国盗り祭りなど、イベントがあればステージで歌を披露する。


 それでもデビュー時は地元でさえ知名度が低く観客がほとんど集まらなかった。アイドルが歌っているのに来場者はステージ前を素通りするばかり。文字どおり閑古鳥が鳴いたらしい。しかし名産品をPRすることでさまざまな状況を経験してきたから粘り強さは一級品だ。めげることなくイベントでステージに立ち続けていると少しずつ観客が増えてきた。


 彼女たちの代表曲とされる『恋は綱引き負けないぞ』を歌い始めたら観客が隣同士で両手を挙げてつなぎ、ウェーブを作りながら大合唱となる。見ず知らずの数百人が一体になる光景は壮観だ。


 わたしは現地に行ったことはないけれど、熱いファンが祭りの動画をネットに上げてくれるからそれを見て疑似体験できる。同じようにしてたかなシスターズを知った人たちがファンとなりライブに集まってくる。今では全国ツアーを行い、テレビCMにも登場してローカルアイドルとは思えぬ活躍ぶりだ。


 彼女たちのYouTubeチャンネルにデビュー時を振り返った動画がある。


 都内で開催されるアイドルイベントに初めて呼ばれたときのこと。当時はアイドル戦国時代と称されただけあって、テレビの音楽番組に出演したりバラエティの冠番組を持つような人気アイドルがひしめき合っていた。キョロキョロしながら控え室を探していたところ笑われて「たかなシスターズだって。なんかのパロディー? お笑いの楽屋じゃないんだから」と入れてもらえなかったという。たぶん、地元のイベントでステージに立っても相手にされなかった頃と同じ時期なのではないか。そのように修羅場を経験したからこそめげずにここまで来られたのだろう。ちなみに当時「なんかのパロディー?」と笑ってドアを閉めたアイドルグループは数年後に解散したらしい。


 すっかりたかなシスターズのファンとなったわたしが圧倒的な印象を受けたのがあの出来事だ。



 「皆さんいつも応援してくれてありがとうございます。このたび、わたくしエリナは兼ねてからお付き合いしていた男性と結婚いたします」


 YouTubeの生配信で明かし世間を驚かせた。女性アイドルが結婚を発表するケースは極めて希である。しかも彼女はこう続けた。


 「よく“アイドルは恋愛禁止”と言われます。だからファンの皆さんのことを考えてとても悩みました。メンバーの二人とも相談して決めました。わたしは結婚してもアイドルを続けようと思います。アイドルの皆が自分の気持ちに素直になれるように。恋愛も結婚も堂々とできるように道を示せれば幸いです。どうかよろしくお願いします」


 わたしはこれまで感じたことのないタイプの衝撃を受けた。「すごい。さすがエリナちゃん。やってくれたね」そんな尊敬とも憧憬ともとれる感情に包まれたのだ。


 彼女は発表したとおり一般人男性と入籍。その2年後には男の子が誕生した。宣言したように「妻でもアイドル」そして「ママでもアイドル」を続けている。



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