第12話
『緊張しますね』
(飛田さんも緊張するの!? オレもうダメかも……)
『何を言ってるんですか、ケイタさん。この日を迎えるための十年間ですよ。無駄にするわけにはいきません』
白のローブに緑色の帯、それから金色の額当て。空色のペンダントを胸にかけ、神官の礼装を身に纏ったケイタは、鏡に映った自分を見つめて長く息を吐き出した。この日のために、ケイタは二つの設定を口にした。
――ジャン、フェルティフィー、マークス、エリクと共にケイタも選定の儀に選ばれて姫に謁見する。
設定の力が働き、ケイタは書状なしで選定の儀へ選ばれた。もうすぐ国王の使いの馬車がやってきて、この十年の集大成とも言える儀式が始まる。襟を何度も直して、帯が曲がっていないか、額当ての位置を確認して、と落ち着かない気持ちを誤魔化すように手を動かすけれど。
(ちゃんと指輪はマークスを選んでくれるよね?)
『恐らくは……大丈夫でしょう。ジャンさんやフェルティフィーさん、エリクさんは姫との接点をなるべく持たせないようにしてきましたから』
(だよね……)
――神の末裔にはマークスが選ばれる。メイリア姫と末永く幸せに暮らし、二人の賢明な判断から選定の儀は見直される。
飛田の未来視を使って、何度も確かめようとしたことがある。
まず選定の儀自体を止めることができないか。選ばれてしまえば、元の生活に戻ることはできない。こんなことをしなければ、そもそもジャンもフェルティフィーも、それからマークスやエリクやメイリアも苦しまずに済むのだ。けれど、選定の儀は国の成り立ちに関わることで変えることができなかった。
次にジャンやフェルティフィーが選ばれないようにすること。これもゲームを成立させるための力が働いて、どれほどの分岐をずらそうとしても結局は四人が選ばれてしまうことがわかった。
最後に――マークスとメイリアが結ばれるエンディングのあと、三人を解放することができるのか。二人のハッピーエンドはゲーム本編で見たけれど、そのあとの三人については語られていない。けれど、未来視でその先の未来を見通すことはできなかった。
「飛田さん」
『何でしょうか、ケイタさん』
「最初の時に……オレ、戻れなくなるのが怖くて逃げそうになったでしょ?」
ケイタは鏡のなかの自分を見つめながら、飛田の姿を重ねてみる。出会いは唐突で、何も分からないままだったケイタをずっと見守ってくれた。正直、どんな顔をしていたのか、もう朧気だ。けれど耳元で聞こえる声は変わらずに、いつもケイタを支え、時には冗談を言って励ましてくれた。
「今は戻れなくなっちゃってもいいから、みんながうまくいってくれたらいいなって思うんだ」
『……それは、』
「今までありがとう、飛田さん。行こう!」
***
広間に集められたのは選定の儀に選ばれた、四人とケイタ。それから神官が十人、国王と侍従。国の一大行事とはいえ、秘密の多い儀式だ。限られた人間だけが目にすることを許され、生涯口外することは許されていない。
(ああああああ緊張するよおおおお)
『大丈夫ですよケイタさん。ケイタさんが選ばれることはありません。手順を間違えたり祭具を取り落として司祭様に叱られたり、お祈りの言葉を間違えて落第しそうになったり、そんなことはもう起こり得ません』
(黒歴史を掘り起こさないで飛田さん……!)
ひときわ高い位置に鎮座する現王、エヌア・セアソン。その横に立つのは、この日の主役でありこのゲームの主人公でもあるメイリア・セアソン。階段下の広間で並び立つジャン、フェルティフィー、マークス、エリクとケイタ。メイリアは物憂げな表情を桃色のベールで隠し、神官に手を引かれて階段を降りる。四人(とケイタ)一人一人に視線を向け、小さく頭を下げる姿はどこか震えているようにも見えた。
「これより選定の儀を執り行う。メイリア姫、こちらを指に嵌めて掲げてください」
「はい……」
三人がかりで恭しく運ばれてきたのは、ベルベットのクッションに載せられた小さな箱だった。箱の中には、透明とも水色ともつかない石のついた指輪が納められていた。メイリアはその細い指に慎重に指輪を飾る。
不思議な光景だった。あたりの光がまっすぐに指輪に向かっていく。石に光が満ちて、金色のしずくが零れる様はこの世界で見たどの光景より美しかった。
「メイリア姫、指輪を前へ向けてください。光の指し示す者が姫の夫となるものです」
まっすぐに腕を伸ばしたメイリアの、指輪から一直線に光が放たれていく。ゆっくりゆっくり、光の向かう先は――マークスの心臓を指し示した。驚いた表情を見せたのはマークスだけではなく、メイリアも同じだった。二人が幼いころからひそかに逢瀬を重ね、できることならこの人と、と願った相手を神が選んだことになる。
「マークス殿、前へ」
「は、はい……」
神官に促されたマークスは一歩、二歩、とおずおず前へと歩みだす。見守っているケイタですら、永遠にも思える時間が経ち、マークスはメイリアの前へとたどり着く。
「建国の神であり、建国の父であるセアソン神の導きにより、この者を神の末裔と番うものとして王家は受け入れる」
玉座から立ち上がった現王エヌア・セアソンは両腕を広げて宣言した。ここまでは無事にケイタの設定が適用されている。問題はこの先だ。ケイタは拳を握って、選ばれることがなかった三人を見る。ジャンもフェルティフィーもホッとしている様子だ。エリクは穏やかな笑みを浮かべているけれど、玉座を凝視する瞳は笑っていない。
(ここからは誰も知らない……飛田さんにも、それからみんなも)
『ケイタさん、一体何をしようと、』
「あの、すみません!」
ケイタは一歩前に進み出て、おずおずと腕を上げた。常ならば即時捕縛されるところだが、秘匿されている儀式の最中だ。侍従が王を庇うように前へせりだして、ケイタとの間に壁を作った。
「……なんだ」
現王は冷静だった。またはケイタを侮っているのか。侍従の隙間からケイタを見つめ、続きを促す表情はどこか楽しそうだ。
「オレたち選ばれなかったわけですし、家に帰してもらえたり、しないですか?」
「選定の儀に選ばれた者は、たとえ神に選ばれなかったとしても俗世へ戻ることはできない」
「で、でも、わざわざ一年間国に留まって、呼び出されてここまできて、結構譲歩してると思うんです。ここでのことは口外しません! お願いします!」
「国のやり方に逆らうのか? 捕まえろ。残りの奴らもまとめて牢屋に入れておけ」
ふい、っと現王からの視線が外された。その横顔には儀式の最中の退屈そうな色が戻っていた。王の言葉に呼応するように侍従、それから控えの神官たちがケイタを捕らえようと走り出して腕を伸ばす。ケイタは自らその混乱の中へと飛び込んで、大声で叫んだ。
「――ここにいるすべての人間、それからこの世界でオレが存在した記憶を消し、オレの命と引き換えに、ジャンもフェルティフィーもエリクも家に戻れる!」
飛田には二つの設定を使う、と事前に言っていたけれど。きっと止められてしまうだろうから、秘密にしていた三つ目の設定。静寂を取り戻した指環に再び光が集まり、メイリアの意思とは関係なくその指は天を指し示していた。そうして――マークスを結婚相手として選んだ時のように、まっすぐに光の矢がケイタに向かって放たれた。もちろん、心臓を貫くために、だ。
何の感触もなかった。光が通過していった一拍後に、立っていられないほどの息苦しさと痛みがケイタの全身を駆け抜けていく。
痛くて、苦しくて、きっとフェルティフィーもこんな気持ちだったんだと思う。床に倒れ込んだケイタを抱き起し、大声で叫んでいるのはエリクだ。けれどもう、声を出すことも瞼を開けることもできなかった。
(ああ、あはっは……本当にやっちゃった……でもこれでいいんだ……ジャンとフェルティフィーがしあわせになるところ、見たかったな……エリクが最高位の神官にのぼりつめるところも……見たかった……メイリアとマークスの結婚式……見たかった……)
真っ暗な世界に放り込まれて、どこまでも落ちていく感覚だけがあった。かなうことなら元の世界へ戻って、二人の、ううん、みんなが幸せになったところを見たかった。
(もう一回シキキミ……やりたかったなぁ)
ぐわん、と腕を引かれて降下が止まった。引き上げられていく浮遊感に身を任せ、ケイタは意識を閉じていった。
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