第11話
神学校を卒業後、ケイタは建国教会で下位神官を務めることになった。それまではなかなか会うことができなかったジャンやフェルティフィーと、ようやく会って話せるようになり、うきうきだ。近くの街までは汽車を使い、途中でフェルティフィーと合流し、タルカに乗ってジャンに会いに行くのが習慣になっていた。
ジャンが勘当されて四年が経ち、ケイタはフェルティフィーと共に彼の研究所で会うことが増えた。恐らくはゲーム世界のまま、決められたストーリーが進んでいる。ジャンの淹れてくれたハーブティーに口をつけ、遠征から戻ってきたフェルティフィーの話に耳を傾ける。
「ノーアの国にはジャン二人分くらいのデッカい花があってね、持ち帰りたかったんだけど隊長に止められてしまったんだ……残念だよ。タルカも持っていけるって言ってくれたんだけどね……」
「フェル、国外へ植物や動物を持ち出すことや国内へ持ち込むことは生態系を乱すことに繋がる。気持ちは嬉しいが無理をするな」
「だからこれ、絵葉書を買ったんだ! それから、その花の香りのする……練香も!」
「ありがとう、フェル」
「どういたしまして。ケイタにはお菓子と、ガラスペン! 教会は厳しいところでしょ? こっそり食べてね」
「ありがとう!」
ノーアはセアソンに隣接する巨大な国だ。セアソンと同じく、世界創生の神の名前がそのまま国名となっている。セアソンとは兄弟神であり、信仰の根底は親しいものであると学校では習った。
あらゆる資源を自国に備え、商業活動も盛んだ。流行はノーアからやってくる、とまで言われているが、フェルティフィーの話を聞くに真実のようだった。ゲーム本編では地名がちらりと出てくる程度で、詳しいことは神学校で習った知識に留まっている。
「いつかノーアにも行ってみたいものだ。セアソンとは気候や環境も違う。あちらの文献は興味深いものが多い」
「今は……気軽に出かけられないしね」
現王の一人娘であるメイリア姫が成人するまで、あと一年。該当する国民には書状が届き始めている。もちろんジャンやフェルティフィーにも届いていることは、確認済みだ。エリクにも、マークスにも同様に届いている。
選定の儀が終わるまで、該当の国民は国外へ出ることができない。仕事だろうが旅行だろうが、検問にかけられ、出国は不可能。絶対に姫の結婚相手を逃さないという、教会の思惑が滲み出ていた。フェルティフィーも今回の遠征を最後に、当分は国内での仕事が割り当てられるらしい。
「大体……姫の結婚相手を選ぶのに、わざわざ全国民から選ぶのも分からないよ。効率が悪すぎる」
「神の末裔に入るんだ。慎重にもなるだろう」
「だとしてもさ……僕は、」
「フェル、それ以上は言ってはいけない」
「……わかってるよ」
フェルティフィーの口元に、ジャンの指が伸びて言葉の先を遮る。セアソン神は創生の力を使い果たし、海の底深くで眠りについているという。今は選定の儀式を行うその時だけ、建国教会の敷地内に作られた特別な神殿に迎え入れるという。対象となる国民への書状、神殿の手入れ、神官たちの教育――それらを何年もかけて行っていく。ケイタが神学校へ都合よく入学できたのは設定の力もあるだろうが、儀式をおこなう上で必要な人員であるからでもあった。
今、神は目覚めている――。篤い信仰心を持っていないとしても、幼い頃より神の存在を教えられて生きているのだ。見られていると、聞こえていると、そう思ってしまうのも無理はない。
「大丈夫だよ! 何の……根拠もないけど、きっと、大丈夫!」
「ケイタ?」
「……どうした?」
二人の視線がケイタに向けられる。確かなことは何も言えない。こちらの世界にハケンされて、もうすぐ十年も経つのに。結局確たる策を立てられず、ぶっつけ本番を迎えてしまったのだから。けれど、二人の幸せを願う気持ちはずっと変わらない。それに――メイリアにも、マークスにも、それからエリクにも。それぞれの幸せが訪れてほしいと、心から思っているから。
「オレは二人がずっと一緒にいられるって信じてるから、そう言っただけ!」
「ケイタ。二人じゃなくて、三人だ」
「へ?」
「君にも書状が届いているはずだよ。神官だからといって除外されるわけじゃない……僕は君に会えなくなるのも絶対嫌だよ、ケイタ」
「その通りだ。俺たちはずっと一緒だ」
翡翠色の瞳と、薄紫色の瞳が同時にケイタを見つめる。
偽物の幼馴染であるケイタを、本気で心配してくれるジャンとフェルティフィーに、どんな言葉を返せばいいのか分からない。二人の間に割り込んで、結局何もできていない。せめて、選定の儀の、そのあとは、二人で幸せをつかんでほしい。ケイタは二人の顔を見つめて、できうる限りの笑顔で頷いて見せた。
(いいのかな……オレまで、一緒にいたいだなんて言ってもらって……)
フェルティフィーに寮の近くまで送ってもらったケイタは、月のあかりを頼りに暗い道を歩きながら先ほどのやり取りを反芻した。
『ケイタさんがこの十年で築き上げた信頼が、お二人の中にもちゃんとあるということですよ』
(そう、なのかな……そうだったら、嬉しいかも)
『さあ、あともうひと踏ん張りですよ。がんばりましょう)
選定の儀まで、あと一年。
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