第10話

「本ッッッ当にありがとう!」

「だからもういいって言ってるでしょ!」


 白のローブに緑色の帯を巻き、金色の額当て、それから空の青を溶かした色のペンダントを首から下げたケイタは猛烈な勢いでエリクに感謝していた。

 入学当初は下っ端扱いされ、細々とした雑用をやらされていたし、安易に神官になろうとした自分を悔いたものだった。けれどこうして神学校を無事に卒業できたのも、教会の頂点である建国教会への配属が叶ったのも、エリクの尽力あってのことだった。


「何回言っても足りないよ! 試験勉強に付き合ってくれたり、一緒に先生に謝ってくれたり! 本当にエリクのお陰なんだよう……!」

「な、泣くなよ! ……ボクはずっとお前に謝ろうと、思ってたんだ」

「へ?」

「入学したばかりの頃、いろいろ押し付けてたし……」


 入学して三年目になるまでは、同じ組だったこともありエリクと行動することが多かった。あれこれとエリクに言われるまま行動しているうちに、シキキミの世界への理解が深まっていることに気づいてからは積極的に話しかけて手伝いをしていった。

 四年目に差し掛かり、初めてエリクと組が別れた。どうも、ケイタを哀れんだ教師陣によって引き離されたらしい。いいように使われているように感じていた日々も、この頃になればエリクに感謝さえしていた。引っ込み思案のケイタ一人では、こんなにもたくさんの経験を積むことはできなかったし、シキキミの世界でNPCとして生きる人たちと友人になることはできなかったはずだ。


「お前が……いろいろと、助けてくれたから、ボクも卒業できたし……だから、お互い様ってことだよ!」

「エリク……!」


 事件が起きたのは組が別れて最初の定期試験だった。二日間の筆記試験、それから一日かけて行われる実技試験。学校敷地内にある教会を使って、本番さながらの礼拝を行い、手順に間違いがないかなどを細かく指導される。ケイタの組が試験を終え、がやがやと裏手から出ていく途中、青ざめているエリクを見つけた。


『どうしたの、エリク!』

『僕の礼拝着が……』


 引き裂かれ、泥で汚れた礼拝着を抱えたままエリクは俯いていた。誰の仕業か分からないけれど、これがなければ試験を受けることすらできない。ケイタは思い立ち、その場で礼拝着を脱ぎ始めた。


『え、ケイタ、お前何して、』

『ちょっと大きいかもしれないけど、これ着て行ってきなよ! あと、装身具も! 経典と、ええと、あと……あ、その代わりにこれ貸してね! あとで返すから!』


 先程まで使っていたすべてをまとめてエリクに押し付け、エリクの礼拝着をひったくり身に着ける。このあとは隣町の教会で子供たちと遊ぶ約束があったケイタは、エリクの引き留める声に手を挙げるだけで走っていった。あとから聞いた話だが、エリクは周りから孤立していたらしい。かわいらしい面立に似合わぬ気の強い態度や口調が、上級生や一部の教師から疎まれていたようだった。それからは、エリクとは卒業まで同じ組になるように設定の力を少しだけ借りた。ケイタといることで、エリクの険も次第に和らいで最終学年になるころには友達もずいぶん増えていたし、笑顔も明るくなってケイタの好きなエリクになっていた。


「エリクが試験対策ノートを貸してくれなかったらオレは絶対卒業できなかったよ……!」

「借りた経典に挟まってたメモがあまりにも馬鹿すぎて呆れただけだよ……お前あんな状態でよく三年間やってこれたね」

「あはっはっは……」


 中庭を並んで歩きながら、ケイタは苦い顔のまま笑ってみせた。シキキミの世界でも、飛田がいるおかげで字を読んだり書いたりはできたのだが、どうにも覚えたり計算したりするのは苦手だった。とにかく環境に馴染むまでは勉強は二の次で、本当はよくないと分かっていたが、


――次の試験はギリギリ通る、次の試験はギリギリ通る!


 と、口に出して繰り返すことによって、とんだデタラメの答案でも本当に試験を通過できたのだ。しかしエリクに勉強があまりにもできないことを見抜かれて以降、試験前には別の組にも関わらず勉強を見てもらえるようになった。そこからは設定の力は借りず、自力で卒業まで漕ぎ着けた。


「建国教会でお務めしてたらいつかはお姫様に会えるかなあ……」

「はあ? 会えるわけないだろう。ま、ボクたちが会えるとしたら選定の儀に選ばれて謁見するときだろうね」

「オレは絶対無理だよ……」


 これは本当だ。エリクは選ばれるが、ケイタはそもそもこの世界の住人ではない。ジャンとフェルティフィー、マークス、それからエリクはどの分岐でも選定の儀に呼び出されることになっている。


「あれ……もしかして、選定の儀に選ばれたら、姫に謁見できるってこと……?」

『そうですね。潜り込むことはできるかもしれません』

「だからさっきからそう言ってるじゃない。ケイタ、無事卒業出来たからって浮ついてたら罷免されるからね」

「あ、うん! が、がんばる!」


 攻略対象キャラクターではないから、と思っていた。選定の儀を止める方法ばかり考えていた。でも、儀式で選ばれてその場にいられるなら、まだ二人を助ける術はあるはずだ。


(飛田さん、オレ……やれる気がしてきました!)

『くれぐれも無理なさらずに』


 ゲーム開始まであと三年。

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