第12話 村への来訪者 2

 テディさんに連れられて広場へとフィルマと共に出ていくと、テディさんが豪奢な馬車をノックする。そして、


「フィルマをお連れしました」


 と、馬車の中の何者かに向けて報告すると、


「そうですか、ありがとうテディ。……では、扉を開けてください」


 鈴の音を転がす様な綺麗な声が中から聞こえてきた。馬車にいるのは女性、それも年若い女性だと分かる。

 テディが馬車の扉に手を掛けて引くと、ゆっくりと扉が開く。誰が出てくるのかと身構えていると、


「あなたがフィルマですか」


 馬車の中から姿を現したのは、銀青色やブルーシルバーと呼ばれる、青味がかった銀髪のロングヘアーの美少女だった。まさにお嬢様だ。

 馬車のタラップを一歩ずつ降りる度に、髪とシンプルながらも高価そうな純白のドレスのスカート部分の裾がふわりふわりと揺れる。

 服も容姿も、そして纏う雰囲気からも目の前のお嬢様が高貴な身分である事がありありと理解出来る。

 緊張して生唾を飲み込みつつも、咄嗟に片膝を付いて臣従儀礼を行う。と、


「あら、こんな辺境にある村でも作法は習っているのでしょうか」

「いえ、そうでも無いようですが」


 感心した様子のお嬢様に、ちらりと俺の後ろでぽけーっとしているフィルマを見て否定するテディさん。お嬢様様もテディさんの視線を辿ってフィルマを見たのか、


「……そのようですね。なら、剣聖だから最初から礼儀作法のスキルでも所有していたのでしょうか?」

「……けんせい?」

「あら、誤魔化さなくても私には分かりますよ。凛々しい顔付きにまだ年若くも逞しい身体、そしての理知的な瞳。貴女が剣聖の職を授かった少女、フィルマでしょう!」


 理由が分からず首を傾げると、ふふんと自信満々に言い放つお嬢様。しかし……


「あの、お……私奴わたくしめが少女に見えるのですか……?」


 おずおずと尋ねると、目を閉じて自慢気だったお嬢様は目を開いて俺を再び見る。そして「あらっ」と呟くと首を大きく捻った。


「フィルマさん。貴女少々ガタイが良すぎでは……?」

「まあ……。お、私奴はフィルマではないので」


 俺がハッキリと先程のお嬢様の推測を否定すると、「嘘っ!?」と口元を押さえて驚愕するお嬢様。

 そこまで驚くようなことか?と疑問に思いつつ見ていると、これまで静かだったフィルマが挙手をしながら呑気に口を開く。


「はいはーい。私がフィルマだよ。そっちはセイルで、私の幼馴染!」

「おい、そっち呼ばわりはまだしも、指をすな指を」


 ズビシッと突き付けられた指を軽くはたき落として俺から逸らす。その背後で、


「う、嘘……。あの少し抜けていそうな表情をしていた方が……剣聖!?」

「……いえ、準成人の年頃とは言え男性と女性を間違えるのはどうかと」 


 某有名少女漫画のお○夫人の様な白目をむくお嬢様。それも、ご丁寧にポーズまで取って。


「そうだよ。セイルと私を間違えるなんて駄目だよ」

「おいこらフィルマ。変なこと言うな」


 再びフィルマの口を塞ぐ。今度は鼻の穴まで塞がないように気を付けて。モガモガとフィルマの吐息が手のひらに当たって擽ったく感じる。


「こ、こほんっ!」

「っ!」


 咳払いを聞き慌てて振り向くと、頬を薄っすらと赤く染めたお嬢様が立っていた。


「まぁ、いいですわ。……それで、そちらがフィルマですのね?」

「モガモガ」

「……何で口を塞がれてますの?」


 俺に口を塞がれているフィルマを見て首を傾げながら尋ねられてフィルマのモガモガが激しくなったので仕方なく手を外す。


「改めて、私がフィルマだよ」

「ええ、ご存知ですわ。フィルマさん」

「さっき私とセイルを間違えてたのに知ってるの?」

「ぐふぅっ!」


 フィルマの無自覚な発言でお嬢様が精神的にブローを食らった。これは効くな。


「え、ええまあ。容姿は伝え聞いていなかった為、フィルマというタリア村の少女が剣聖の職を授かったとしか……」

「少女だって分かっているなら、尚更男の子のセイルとは間違えないんじゃないの?」

「げふぅっ!?」

「もしかして男と女の違いを知らなかった?ならゴメンね」

「がはあっ!?」


 フィルマの無自覚な精神的ブロー発言。今度はしっかり追い打ちまでかけていくなか、お嬢様は胸を両手で押さえていた。額には脂汗が滲んでいる。


「殿下ッ!?」

「だ、大丈夫ですわテディ。私は強いんです、この程度で泣いたりは……ぐすっ」


 そう言いながらも途中で目を潤ませるお嬢様。……いや、テディさんの言葉が正しいなら目の前の方は、王族だ。


「も、申し訳ありませんでしたー!」

「あ痛っ」


 突っ立ってたフィルマも跪かせ、頭を押さえて土下座させると同時に、俺も土下座して誠心誠意謝罪する。


「わ、わわっ!?私は気にしていませんから!顔を、顔を上げてくださいな!」


 テンパった様子のお嬢様改めお姫様の声が聞こえてくるが、俺はなかなか顔を上げることが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る