第10話 セイルの処女作

「ふぅ……。こんなもんかな?」


 歪ながらも鮭を咥えた姿でお馴染みの木彫りの熊を完成させ、俺は深く息を吐いた。

 下描きもなく頭の中のイメージだけで行なったが、以外にも形には出来たので、スキルと言うものはやはり超常的な力の断片なのだと理解させられる。


「取り敢えず、これは納屋の中に飾って置くか」


 木彫りの熊を納屋の中に設置した後、次は何を彫ろうかと考えていると、


「おーい、セイルー!」


 と、聞き覚えのある声に呼ばれた。そちらへと視線を向けると、見覚えのある茶髪の少女が居た。


「フィルマ?どうしたんだ一体」


 手招きしつつ尋ねると、フィルマは小走りで駆け寄って来ると、天真爛漫な笑みを浮かべる。


「へへへっ。お父さんからセイルが土地を貰ったって聞いたから、ちょっと見に来たの」

「野次馬かよ」


 呆れた視線を向けると、ぺろっと舌を少しだけ出して「てへっ」と言いながらコツンと左手で自身の頭を小突くフィルマ。……というか、何でテヘペロ知ってんだよ。

 フィルマの様子に脱力してしまう中、ふとフィルマの腰にぶら下がっているものに気付き、閃いた。


 「そうだ、次は木剣を作ろう」と。


 すぐさま斧を引っ掴み、大雑把だが木剣の刀身の長さに丸太を切ると、更に斧で大まかに切り出す。


「ちょっ、セイル?突然どうしたのっ!?」

「ちょっと思いついた事があってな」

「訳解んないよ!?」


 少し悪いが、騒ぐフィルマを放置して大まかに切り出した木材をノミと槌で削り出していく。

 次第に形が出来ていく木剣に、いつの間にかフィルマは騒ぐのをやめて、ジッと俺の作業を観察していた。

 木彫りの熊とは違って大雑把に削り出しても多少は問題が無い為、刀身は素早く削り出せた。

 続いて、刀身の根元部分を更に削り、柄を彫り出す。

 折れない程度には太く、それでいて握りやすい太さを計算しながら、今度は丁寧に丁寧削っていく。柄尻は少し横に幅を出して、柄頭の様にする。


「おおーっ!」


 雑な所もあるが、剣の形になった木材に、歓声を上げるフィルマ。しかし、これで完成だと言いたいがやはり削り出しだけだと表面が粗くてまだ使いづらい。

 グスタフさんの所に再び行って、今度はヤスリを借りようかと思い、フィルマに留守番してて欲しいとお願いしようとすると、


「なら、私が取ってくる!」


 と、元気に言い残して勢い良く飛び出して行った。……グスタフさんの家とは反対方向に。

 あまりの動きの速さに一言も発する隙もなく、俺にはフィルマを止めることが出来ずにただ見送るしか無かった。


「……取り敢えず、行くか」


 仕方が無いので、俺は俺でグスタフさんの家へと向かうのだった。





「むぅ〜っ!!」


 頬をフグのように膨らませたフィルマが戻って来たのは柄のヤスリがけが終わり、滑り止めとして包帯を巻き終えた時だった。


「何膨れてんだよ」

「私が取りに行くって言ったのに……」


 そう言ってまた膨れるフィルマに、呆れた視線を向ける。


「そう言って逆方向に行ったのはフィルマだろ?待っていたらどんだけ時間が掛かっていたか」

「ゔっ……」


 図星を突かれたからか、胸を両手で押さえて後退るという大袈裟なジェスチャーを披露する。


「まあ、取りに行ってくれようとした気持ちは嬉しかったから良いんだけどさ」

「……うん」

「ほら、落ち込まない。落ち込まなーい」


 しょんぼりと肩を落としているフィルマを励ました後、完成した木剣を見せる。


「おお、これがセイルの作った木剣……!!」

「まあ、まだ不格好だけれど」

「ううん。十分凄いよ!」


 「凄い凄い!」と俺の自作の木剣を持って興奮するフィルマの賞賛に、少しばかり気恥ずかしく感じて視線を逸らしながら頬を掻く。


「あ、顔が赤くなってる。可愛いー」

「……フィルマ、怒るよ」


 照れ隠し半分で睨むと「ごめんね」とウィンク混じりで謝罪され、俺は疲れを感じて溜息を吐いてしまう。


「取り敢えず、その木剣一旦返して」

「あ、うん」


 フィルマに木剣を返してもらうと、軽く振るって見る。

 少しばかり重量を感じるが許容範囲内の重さで、重心もほぼ想定のままであり、完成度に手応えを感じる。


「ねぇねぇ、セイル。その木剣どんな感じなの?」


 振った木剣を両手で持って頬を緩ませていると、気になったのかフィルマが声を掛けてくるので、「満足のいく出来だよ」と答える。と、


「私にも振らせて!」


 満面の笑みで両手を差し出してくる。断られる筈が無いと言わんばかりの笑みに少し呆れつつも、仕方がないと木剣を手渡すと、俺から少し離れる。


「それじゃあ、少し振ってみるね!」

「おう。気を付けてなー」


 俺の注意に「大丈夫ー」と自信満々に返事をした後、フィルマの纏う雰囲気が一変する。

 先程までの陽だまりのような暖かさを感じるぽやぽやした雰囲気から、鋭くて冷たい一振りの、抜き身の剣のようなものに。

 ふっ、と小さな一呼吸の後。フィルマの手によって風を切って振るわれる木剣。

 舞のように次々と型を行った後、フィルマはふぅーと、深く息を吐いて木剣の切っ先を下ろした。


「……うん。ちょーっと気になるところはあるけど、木剣としては問題ないね!」

「俺はその言い草が気になるけど……。まあ、処女作に対しての感想、それも剣聖様からの感想としてはまあ、良いか」


 ニッコリと笑いながらも素直な感想を言うフィルマに苦笑しながら木剣を返してもらうと、残った木材と一緒に納屋に収納すると、グスタフさんから借りていた道具を拾い上げる。


「そろそろ時間も良いし、グスタフさんに道具を返してから帰ろうか」

「うんっ!」


 元気良く頷くと、フィルマに持っていた道具の一部を取り上げられ、「私も持つよー」と駆け出して行く。……グスタフさん家と反対側の方向へ。


「……おい、また逆方向だぞー!!」

「うぇっ!?」


 俺が叫ぶと慌てて止まるフィルマの姿に溜息を吐いてしまうのだった。

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