第3話 セイルの夢/フィルマの夢

 異世界に転生したのなら、凄腕冒険者として名を残したい。

 異世界モノの作品を好むならそんな英雄幻想を抱いたり、妄想したりする事は少なからずあるのでは無いだろうか。

 例に漏れず、俺も凄い職業を授かって、冒険者として名を馳せたい。なんて、青く盛大な夢を見ていた。のだが、


「戦闘職ですら無いって、そりゃあ無いだろぉ……」


 自室のベッドの上で膝を抱えながら、俺は愚痴をこぼした。



 職業を授かった日。すぐに俺とフィルマの職業の内容は村中に知れ渡った。小さな村だ。二、三時間あれば浸透する。

 しかし、話題に残ったのはフィルマの剣聖だけだ。しかし、それも無理はない。剣聖はかつて勇者と共に魔王討伐という偉業を成し遂げた英雄の一人が授かった職業だ。そんな伝説の職業を授かったのだから、フィルマが持ち上げられるのも無理はなかった。

 そして、すぐさまフィルマの生活は変わった。これまでは俺や村の子供達と遊んだり、家の手伝いをしたりと、普通の村娘として過ごしていた彼女だが、村の大人……正確には自警団のおっさんや兄ちゃん達と一緒に剣の修業をする事になったのだ。

 フィルマは嫌がっていたが、大人達の「剣聖という職業をフィルマが授かったのには何か理由がある。その力を伸ばすことが宿命なのだ」という言葉によって、フィルマの生活は決まってしまったのだ。


 俺の方は、親の畑仕事を手伝ったり、料理をはじめとした家事も手伝わされるようになった。

 生産者という職業の持つスキルに『農耕』と『料理』があったからだ。その御蔭で今の俺のステータスはこうだ。

―――――――――――――――――――――――NAME:セイル

RACE:人族ヒューマン Lv.1

JOB:生産者 Lv.1

SKILL

『農耕Lv.3』『畜産Lv.2』『養殖Lv.1』『鍛冶Lv.1』『細工Lv.1』『木工Lv.1』『彫刻Lv.1』『描画Lv.1』『裁縫Lv.1』『調合Lv1』『醸造Lv.1』『製品Lv.1』『家事Lv.1』【『料理Lv.3』『掃除Lv.1』『皿洗いLv.2』『洗濯Lv.1』統合】

―――――――――――――――――――――――


 ……うん。これで冒険者になるとかちゃんちゃらおかしいな。

 改めて見た自身のステータスにため息を吐きたくなりつつ、ボスンとベッドに倒れ込んだ。








Side:フィルマ


 『剣聖』という職業を授かった事で、私の生活が一変してしまった。


 私はタリア村という小さな村の、ただただ普通の村娘だった。将来はこの村の男の子と結婚して、この村で子供を育てて、この村で死ぬ。もしそうなら、結婚するならセイルが良いなぁ、なんて。

 ……そう思っていたのに。


 『剣聖』になってしまってから、私は村の大人達に交ざって剣の特訓をさせられた。嫌がろうとも、「これが私が背負うべき宿命」だと言われ、逃げられない。

 今まではあんなに一緒に遊んでいた村の子達も、私を遠巻きにして見てくるだけで、私は一人ぼっちになってしまった。

 ……そして、セイルとはあの日から一度も顔を合わせていなかった。いや、私が合わせられなかったのだ。

 前から何処か大人びたところのあった幼馴染のセイル。だけど、英雄譚の話をする時や聞く時だけは年相応に目を輝かせる。そんなセイルの夢を知っていたのに、私が横取りしてしまったのだ。

 セイルがショックで崩れ落ちる瞬間が、いまだに脳裏に焼き付いている。

 私のせいでセイルの夢は絶たれてしまった。

 私が居たからセイルは夢を諦めざるを得なかった。

 そんな罪悪感を抱いたが、皮肉にも剣を振っている間だけは忘れることが出来た。目を逸らすことが出来た。

 だから、私は今日も剣を振るう。大人達の言う使命の為でも何でもない、ただ自分勝手な逃避のために。





「あ、フィルマ」

「っ!?」


 訓練場からの帰り道、何処からかの帰りなのかばったりとセイルと鉢合わせてしまった。思わず逃げ出そうとするも、「待って!」というセイルの声に思わず足を止めてしまう。


「フィルマ、少し時間良いかな?」

「……別に」


 本当は合わせる顔がないのに、セイルと話しているだけで心が沸き立ってしまう。そんな自分が少し恨めしかった。




「ここで二人になるのも久し振りだなぁ」


 何時もの村の近くの原っぱ。セイルがここで日向ぼっこしている時に、私が迎えに来て他愛もない話をして笑い合う。私はその時間が好きだった。


「お互い、職業を授かった事で生活が変わったと言っても、ここまで顔を合わさなくなるなんて吃驚だ」


 そう言って笑うセイルの顔が何故だか直視できなくて、地面を見てしまう。


「……ねぇ、フィルマ。もしかして、俺に引け目を感じてる?」


 その言葉に思わず反応してしまう。セイルには、それだけで充分だったのか、「そっか……」と相槌を打つ。


「フィルマ、はっきり言うけどそれは、まったくもって見当違いだ」


 キッパリと言い放つセイル。思わず顔を上げると、今まで見たこともないような引き締まった表情でセイルは私を見ていた。


「確かに、フィルマが剣聖の職業を授かって羨ましくないとは言えないし、生産者って職業を授かってショックを受けてことも嘘じゃあ無い。けど、だからといってフィルマが憎いだとか、そんな事は思っていない。フィルマが俺に罪悪感を抱く理由なんて無いんだよ」

「で、でも……!私が居なかったら、セイルが剣聖だったんだよ!?」

「それはもしもの話だ。フィルマが居なかったとしても、俺は生産者だったかもしれないし」


 セイルが一歩、私へ近づく。鋭い目に、私は引くことも出来ない。


「フィルマ、折角授かった職業なんだ。そんなにきらっていたら勿体無いよ」

「……そうかな」

「そうだよ」


 セイルの手が私の方に触れる。感じた温もりに思わずビクリと震え、それにセイルは「あ、ごめん」と謝罪してきた。……けれど、その手を退かそうとはしなかった。


「フィルマ。俺、新しい目標が出来たよ」

「新しい、目標……?」

「うん。生産者なんて色々な物を作れる職業なんだ。俺の作った武器や防具で、歴史に名前を刻みたいんだ」

「それは……良い目標だね」


 そう言って微笑むと、「何他人事なんだよ。フィルマも関係あるぞ」と言われてしまう。理由が分からず首を傾げると、


「だから、俺の作った物をフィルマが使えば、有名になる。フィルマが偉業を成し遂げたら、フィルマが使った俺の作った物も歴史に名前が残るだろ」


 と、何でも無い事のように言い放ったのだ。


「それって、すごーい無茶振りだって、気づいてない?」

「フィルマは剣聖だぜ?歴史に名前を残すぐらい簡単だろ」

「言ってくれるじゃん」


 そう言ってセイルと二人で笑い合う。

 あんなに重かった心が軽くなるのを感じた。きっと……ううん。絶対にそれはセイルのお陰だった。

 悪巧みが成功したやんちゃ坊主の様な笑顔を浮かべるセイルを見ながら、私は改めて理解した。理解させられた。


 やっぱり私はセイルが好きなんだと。


 もう、逃避のために剣を振るうのは辞めだ。これからは、セイルのために剣を振るおう。

 私の全てはセイルの為に有るのだから。

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