第29話

『全然。力仕事でもないし?』

それを知ってか、彼女の声のトーンも自然と落ち着く。

『へえ。…お前はそうなんだ? 知り合いに逢っても?』

『逢ったことないから分からない』

『そっか。オレは逢った。で、色々と面倒になった』

彼女はまた声を荒げた。

『よく解らないわ! ――だからあんなことをしたの?』

『――ああ。よくクビにならなかったと思ってる』

冷静に返事をするオレ。

何をやったんだ? オレは。

『今度やったら“無い”わよ? ね、大丈夫だよね。自分から辞めないよね? ……直気、その知り合いに逢うかもしれないって解ってて面接受けて、試験したんじゃないの?』

彼女の口調が優しくなった。

『分かってるよ。難しい試験受かってこの職についたんだ。自分からは辞めない』

静かに、自分に言い聞かせるようにオレは言った。

……難しい試験ねえ……。

オレって意外と頭良かったのかなあ。


あれ?

――突然――。

何か息が苦しくなった。

何で?

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