第4話:温泉街の怪!混浴おじさん軍団

## 第一章:待ちに待った温泉旅行


「キャー!今日から温泉旅行だー!」


朝早くから学校の校庭は、大きなリュックサックを背負った4年生たちの歓声で賑わっていた。年に一度の自然体験学習、通称「温泉旅行」の日だ。


「ハジメ、荷物は全部入ってる?」ユイが片手にタブレット、もう片方の手に細かくチェック項目が書かれたリストを持って尋ねた。


「へへん、完璧だぜ!」ハジメは大きなリュックを誇らしげに持ち上げた。「タオル、着替え、そして…」


彼はこっそりと小声で続けた。「正義の装備もバッチリ!」


「なにそれ?」ケンジが好奇心いっぱいの顔で尋ねてきた。


「防犯ブザー、緊急通報アプリ、そして…」ハジメは胸に手を当てた。「露出魔退治クラブの必須アイテム、特製バスタオル!」


「バスタオル?」ケンジは首を傾げた。


「そう、バスタオル」ユイがメガネを直しながら説明した。「私が特別に改良したの。伸縮性を高めて、緊急時には様々な用途に使えるようにしたわ」


「この旅行、何かあるの?」ケンジの表情が少し曇った。


「校長先生から聞いたんだ」ハジメが小声で言った。「最近、行く予定の温泉街で、『混浴の歴史を守る会』っていう怪しい団体が活動してるらしいんだ」


「混浴…」ケンジは首を傾げた。「男女一緒に入るお風呂のことだよね?」


「そう」ユイが頷いた。「日本の温泉文化には確かに混浴の歴史があるけど、現代ではほとんどの場所で男女別になっているわ。でも、その団体は『伝統を守れ』って主張して、女湯に乱入しようとする事件が起きているらしいの」


「えー!」ケンジは目を丸くした。「それって、れっきとした犯罪じゃない?」


「そうなんだよ」ハジメは真剣な表情で続けた。「だから僕たちは用心するべきなんだ。みんなが安心して温泉を楽しめるように」


「集合ー!バスに乗り込むわよー!」


桐山先生の声が校庭に響き渡った。彼女は今回、4年2組の引率を担当している。普段は保健室にいる養護教諭だが、今回の旅行では特別に顧問として同行することになった。


「桐山先生、なんだか緊張してるみたいだね」ケンジが小声で言った。


確かに、いつも穏やかな桐山先生の表情には、かすかな緊張が見てとれた。


「そういえば」ユイがタブレットで何かを確認しながら言った。「桐山先生って、この温泉地の出身なんですって」


「え、本当?」ハジメが驚いた顔をした。


「うん、昨日、先生の資料を…」ユイは急に言葉を詰まらせた。


「また先生の個人情報を調べたの?」ハジメが呆れたように言った。


「情報収集は大切よ!」ユイは少し顔を赤らめながら反論した。「とにかく、先生はその温泉地に何か思い入れがあるみたい」


生徒たちはクラスごとに整列し、次々とバスに乗り込んでいった。


バスの中では、子どもたちの興奮した声が響いている。


「温泉楽しみだなー!」

「おれ、温泉卵食べたい!」

「私、貸し切り露天風呂に入るんだ~!」


みんなの楽しそうな声を聞きながら、ハジメたちは密かに警戒を怠らなかった。


窓から見える景色は次第に都会の喧騒を離れ、緑豊かな山々へと変わっていった。バスは蛇行する山道を進み、やがて小さな温泉街が見えてきた。


「みなさーん」松本先生がマイクを持って案内を始めた。「もうすぐ『湯煙温泉』に到着します。ここは400年の歴史を持つ温泉地で、かつては多くの文人墨客が訪れた場所です」


バスの窓から、レトロな雰囲気の温泉街が見えてきた。古い旅館や土産物店が立ち並び、あちこちから湯煙が立ち上っている。


「わあ、すごい!」ケンジが目を輝かせた。「本物の温泉街だ!」


「私たちが泊まるのは、この街で一番古い『白鷺旅館』です」松本先生が続けた。「創業300年の老舗旅館で、とても由緒正しい場所ですので、みなさんマナーを守って過ごしましょう」


バスが旅館の前に停まると、着物姿の女将さんが迎えに出てきた。


「ようこそ、白鷺旅館へ」女将さんは優しく微笑んだ。「皆さんのお越しを心よりお待ちしておりました」


子どもたちは興奮した様子で、次々とバスから降りていった。


「おお…」ハジメは旅館の立派な門構えを見上げて感嘆の声を上げた。「すごい場所だな」


「本当に歴史を感じるわ」ユイも感心した様子だった。


「ねえ、あれ見て」ケンジが突然、小声で言った。「あの人たち、なんだか怪しくない?」


三人が視線を向けた先には、旅館の向かいにある茶屋の前で、数人の中年男性たちが固まって何か話し合っている姿があった。


彼らは揃いのハッピを着ており、背中には「混浴文化研究会」と書かれていた。


「あれが…」ハジメは目を細めた。


「混浴の歴史を守る会…かも」ユイが警戒した様子で言った。


「要注意ね」


三人が振り返ると、桐山先生が立っていた。彼女はどこか複雑な表情で男性たちの方を見ていた。


「桐山先生、あの人たち知ってるんですか?」ハジメが尋ねた。


桐山先生は少し間を置いてから答えた。


「ええ、少しね。この街の歴史研究をしている団体よ。一応は…」


「一応は?」ケンジが首を傾げた。


「まあ、気にしないで」桐山先生は急に明るい声で言った。「さあ、荷物を部屋に運びましょう!これから楽しい二日間が始まるわよ!」


子どもたちは大きな廊下を通って、それぞれの部屋へと案内された。一部屋に5~6人ずつ、男女別に分かれて泊まることになっていた。


ハジメ、ケンジたちの部屋は二階の端にあり、窓からは温泉街の全景が見渡せる絶好の位置だった。


「おお、見晴らし最高!」ケンジは窓から身を乗り出して言った。


「あっ、あの人たち、また見えるよ」ハジメは遠くの茶屋を指さした。「何か紙を広げてるみたいだ」


「望遠カメラで確認してみましょう」ユイはタブレットに小さな装置を取り付けた。「拡大…」


画面には男性たちの姿が映し出された。彼らは確かに何かの地図らしきものを広げて、熱心に指さしあっていた。


「怪しいわね…」ユイはつぶやいた。


「なにが怪しいの?」


子どもたちが振り返ると、同じ部屋になった田中くんが不思議そうな顔をしていた。


「あ、いや、なんでもないよ!」ハジメは慌てて言った。「ただの…旅行ゲームだよ!怪しい人を見つけるゲーム!」


「へー、面白そう」田中くんはあっさり納得した様子だった。「僕も入れて!」


「あ、うん…またあとでね」ハジメは曖昧に答えた。


荷物を整理し終えると、子どもたちは旅館の大広間に集められた。


「これから、午後の予定を説明します」松本先生が前に立って言った。「まずは近くの山で自然観察を行い、夕方までに戻ってきます。その後、温泉に入り、夕食となります」


子どもたちから歓声が上がった。


「温泉を利用する際の注意点を、桐山先生から説明してもらいます」


桐山先生が前に立った。彼女はいつもより少し緊張した様子だった。


「みなさん、温泉には入り方のマナーがあります」彼女は優しく、でもどこか緊張した様子で話し始めた。「まず、湯船に入る前には体を洗う。湯船の中では騒がない。そして何より大切なのは…」


彼女は一瞬、言葉を詰まらせた後、真剣な表情で続けた。


「何があっても、自分の入るべき浴場を間違えないこと。男子は男湯、女子は女湯です。そして、もし何か不審な人を見かけたら、すぐに先生に報告すること」


教室のムードが少し引き締まった。


「えーと、最後に…」桐山先生は少し表情を和らげた。「温泉に入るときは必ず、体を隠すタオルを持っていきましょう。浴室内を移動するときや、急に何かあったときのために」


ハジメとユイは意味ありげに目配せした。桐山先生も何か心配していることは明らかだった。


「それでは、出発しましょう!」松本先生が元気よく声をかけた。


午後の自然観察は楽しく、あっという間に過ぎた。山の自然や野鳥を観察し、みんなで写生をしたりして過ごした。


「さあ、お楽しみの温泉タイムです!」


旅館に戻ると、松本先生がそう呼びかけた。子どもたちは大喜びで、部屋に戻り、浴衣に着替え始めた。


「さて、我々の作戦会議だ」ハジメは同じ部屋の男子が揃ったところで、小声で言った。「もし何か起きたら、合図の笛を吹くからな」


「何が起きるの?」田中くんが不思議そうに尋ねた。


「え、いや…」ハジメは困った表情になった。


「温泉で足がつったときの合図さ」ケンジが即座にフォローした。「安全対策だよ!」


「なるほど!」田中くんは素直に頷いた。


一方、女子の部屋ではユイが小型通信機を準備していた。


「これで男湯と女湯の間で連絡が取れるわ」彼女は同室の女子たちに説明した。「もし不審な人が来たら、すぐに通報よ」


「ユイちゃん、いつも準備がいいね」クラスメイトの佐藤さんが感心したように言った。


「備えあれば憂いなしよ!」ユイは胸を張った。


こうして、露出魔退治クラブの温泉旅行第一日目は、静かな警戒態勢の中で始まっていった。


## 第二章:怪しい「歴史学者」たち


「わぁー!本物の温泉だ!」


男湯に入ったハジメたちは、大きな歓声を上げた。広々とした浴場には、いくつかの湯船と、石造りの露天風呂があった。


「すごいなぁ…」ケンジは目を輝かせながら周りを見渡した。「こんな立派な温泉、初めて入るよ」


「まずは体を洗ってから入るんだぞ」松本先生が優しく声をかけた。


子どもたちは言われた通りに体を洗い、次々と湯船に浸かっていった。


「あったかーい!」田中くんが幸せそうな顔で湯に浸かった。


「ハジメ隊長」ケンジが湯船の中で小声で言った。「情報通り、本当に何か起きるのかな?」


「わからないけど、用心に越したことはない」ハジメも小声で答えた。「特に女湯の方が心配だ…」


「でも、桐山先生がいるし大丈夫じゃない?」


「そうだといいけどな…」


一方、女湯では、ユイたちが同じように温泉を楽しんでいた。


「ユイちゃん、そのタオル、ちょっと変わってるね」佐藤さんが指摘した。


ユイの手には、普通のバスタオルよりも少し厚手で、端に小さなポケットがついたタオルがあった。


「ちょっと特別仕様なの」ユイは微笑んだ。「万が一のために改良したのよ」


「万が一って?」


「例えば…」


その時、女湯の入口の方で、何やら騒がしい声が聞こえた。


「すみません、こちらは女湯です!」フロントの女性スタッフの声だ。


「わかっておる!我々は歴史研究のために…」


男性の声に、ユイは一瞬で警戒態勢に入った。


「みんな、湯船から出ないで!」ユイは即座に指示を出した。「何かあるかもしれない」


彼女は小型通信機を取り出し、ささやいた。


「ハジメ、ケンジ、聞こえる?女湯の入口で何か揉めてるわ」


男湯では、ハジメがその通信を受け取った。


「了解、今確認する」


彼は立ち上がり、タオルをしっかりと腰に巻きつけた。


「ケンジ、先生に報告して。僕は様子を見てくる」


「わかった!」


ハジメは慎重に浴室を出て、廊下から女湯の入口の方を覗いた。


そこでは、先ほど見かけた「混浴文化研究会」のハッピを着た男性たちが、女性スタッフと言い争っていた。


「我々は、この温泉の歴史を研究する学者だ!」リーダーらしき髭面の男性が主張していた。「かつてこの温泉は混浴だったのだ。我々はその実態調査のために…」


「いくら歴史研究だと言っても、女湯に男性が入ることはできません!」スタッフは毅然とした態度で言った。


「なんだこりゃ…」ハジメは呆れた顔をした。「本当に女湯に入ろうとしてるじゃないか!」


そのとき、桐山先生が浴衣姿で現れた。


「何がありましたか?」彼女はスタッフに尋ねた。


「あ、桐山先生!」スタッフは安堵した様子で言った。「この方たちが、研究だと言って女湯に…」


「なんだ、桐山ではないか!」髭面の男性が驚いた声を上げた。「久しぶりだな!」


桐山先生は一瞬硬直したが、すぐに冷静な表情を取り戻した。


「高橋さん…二十年ぶりですね」


「おお、覚えていてくれたか!」高橋と呼ばれた男性は嬉しそうに笑った。「君がこの学校の先生になったという噂は聞いていたが、まさか温泉旅行で会うとは!」


ハジメは驚いた顔で二人を見つめた。桐山先生と混浴おじさんたちは知り合いだったのか?


「高橋さん、子どもたちの温泉入浴中ですので、研究は後日にしていただけませんか?」桐山先生は冷静に言った。


「いやいや、せっかく会えたんだ。昔話でもしようじゃないか」高橋は引き下がる気配がなかった。「君も覚えているだろう?この温泉がかつて混浴だった頃の素晴らしさを」


「それは四十年以上前の話です」桐山先生はきっぱりと言った。「現在は男女別になっており、それが正しいマナーです」


「だが、文化を守ることも大切だろう?」高橋は食い下がった。「我々『混浴の歴史を守る会』は、日本の伝統を…」


「伝統という名の下に、迷惑行為を正当化することはできません」桐山先生の声は厳しさを増した。「それに、あなたがたの『研究』は純粋な学術目的とは思えませんね」


「なんだと!」高橋の顔が赤くなった。


その時、女湯の中からユイの声が聞こえた。


「桐山先生!女湯の窓の外に不審な人影が見えます!」


「なんですって!?」桐山先生は驚いた表情になった。


ハジメも慌てて動き出した。「ケンジ、松本先生を呼んで!僕は外を見てくる!」


「ちょっと待ちなさい、あなたたちにカメラを持った仲間がいるんじゃないですか?」桐山先生が高橋たちを厳しく問いただした。


「ば、馬鹿な!我々はそんな下劣なことはしない!」高橋は動揺した様子で言った。「研究のための…記録係が…」


「やっぱり!」桐山先生は怒りの表情になった。「すぐにやめなさい!さもないと警察を呼びますよ!」


高橋たちはしどろもどろになった。


一方、ハジメは急いで旅館の外に回り込み、女湯の窓の下を調べていた。そこには確かに、カメラを持った男性が木に登って、中を覗こうとしていた。


「おい!何してるんだ!」ハジメは大声で叫んだ。


男性は驚いて振り向き、バランスを崩して木から落ちた。


「いててて…」


彼も同じハッピを着ており、「混浴文化研究会」のメンバーに間違いなかった。


「これは犯罪だぞ!」ハジメは毅然とした態度で言った。


「ち、違うんだ!僕は…歴史研究のために…」男性は弁解しようとした。


その時、松本先生とケンジが駆けつけてきた。


「何があったの?」松本先生が尋ねた。


「この人、女湯を覗こうとしてました!」ハジメは指さした。


「なんですって!?」松本先生は怒りの表情になった。「旅館のスタッフと警察を呼びなさい!」


ケンジは急いで旅館に戻っていった。


混乱の中、高橋たちは何とか逃げ出そうとしたが、玄関では旅館のスタッフに取り囲まれていた。


「高橋さん、あなたの『研究』はここまでです」桐山先生は冷静に言った。「子どもたちの安全を脅かすようなことは許しません」


「く…」高橋は言葉に詰まった。


そして、警察が到着する頃には、「混浴文化研究会」のメンバーたちは全員、玄関ホールに集められていた。


「申し訳ありませんでした」女将さんは深々と頭を下げた。「こんな事態になるとは…」


「いいえ、女将さんのせいではありません」桐山先生は優しく言った。「彼らは前から問題を起こしていた集団です」


警察官が高橋たちから事情を聴き始めた。


「桐山先生、すごかったです!」ハジメは感嘆の声を上げた。「さすが元警察官!」


「あら、それを知っていたの?」桐山先生は少し驚いた様子だった。


「はい、ユイが調べて…」ハジメはハッとして口を押さえた。


「まあいいわ」桐山先生は苦笑いした。「でも、あの人たちとの関係は、また別の話なの…」


「どういうことですか?」ハジメが興味深げに尋ねた。


「それは…」桐山先生はためらった。「今夜、みんなが寝静まった後で話すわ。露出魔退治クラブの諸君にだけね」


ハジメの目が輝いた。「わかりました!楽しみにしています!」


こうして、「混浴の歴史を守る会」の温泉襲撃計画は阻止され、子どもたちは安心して温泉に戻ることができた。しかし、桐山先生の謎めいた過去についての疑問は、ますます大きくなっていった。


## 第三章:タオル一枚の決戦


「そして私は言ったの、『あなたの研究は下心でしかない!』って!」


夕食後、女子部屋で起きた出来事を報告するユイに、女子たちは大喜びで聞き入っていた。


「さすがユイちゃん!かっこいい!」佐藤さんが拍手した。


「実は私、中から通信機でハジメに連絡して、外側からも挟み撃ちにする作戦を立てたのよ」ユイは誇らしげに言った。


「まるで本物の探偵みたい!」他の女子も目を輝かせていた。


一方、男子部屋では、ハジメとケンジも冒険談を語っていた。


「そしたら、木から落っこちたんだ!バシャーンって!」ケンジが身振り手振りで説明していた。


「ケンジ、ちょっと盛りすぎじゃない?」ハジメが苦笑いした。「君は松本先生を呼びに行っただけだろ」


「いいじゃん、雰囲気だよ雰囲気!」ケンジはへこたれなかった。


「でも、本当によく見つけたね」田中くんが感心したように言った。「ハジメくんってすごいね」


「いや、これも露出魔退治クラブの日頃の訓練の成果さ」ハジメは照れくさそうに言った。


「露出魔退治クラブって何?」田中くんが興味深げに尋ねた。


「えっと…」ハジメは言葉に詰まった。


「僕も入りたい!」田中くんが突然言い出した。「今日、君たちがどれだけみんなを守ったか見たよ!僕もそういうことがしたいんだ!」


ハジメとケンジは顔を見合わせた。


「それは…校長先生の許可が必要だからさ」ハジメは適当に言った。「帰ったら相談してみようか」


「やったー!」田中くんは大喜びだった。


そのとき、部屋の障子が静かに開いた。


「失礼します」桐山先生の声がした。「ハジメくん、ケンジくん、ちょっといいかしら?」


二人は顔を見合わせ、立ち上がった。


「はい!」


「女子の部屋にユイさんを呼びに行ってきたわ。大広間で少しお話があるの」桐山先生は小声で言った。


「じゃあ、少し出てくるね」ハジメは田中くんたちに言った。


「えー、どこ行くの?」田中くんが不思議そうに尋ねた。


「ちょっと…先生に呼ばれてるんだ」ケンジが答えた。


「露出魔退治クラブの活動?」田中くんが目を輝かせた。


「そうじゃなくて…」ハジメは焦った様子だった。


「健康観察よ」桐山先生がスッと割り込んだ。「あなたたち、先ほどの騒動でかなり興奮していたでしょう?心拍数と体温をチェックするわ」


「なーんだ」田中くんは少しがっかりした様子だった。「早く戻ってきてね」


ハジメとケンジは桐山先生の後について廊下に出た。そこにはすでにユイが待っていた。


「こっちよ」桐山先生は三人を小さな和室に案内した。


部屋に入ると、桐山先生は静かに障子を閉め、座布団に座るよう三人に促した。


「さて、約束通り、私の過去について話すわ」彼女は静かに口を開いた。「そして、なぜあの『混浴の歴史を守る会』の人たちと知り合いなのかも」


三人は身を乗り出して聞き入った。


「実は私、この温泉街で生まれ育ったの」桐山先生は懐かしむように窓の外を見た。「小さい頃から、この白鷺旅館には何度も来ていた。当時は祖父が館主だったの」


「え!桐山先生、この旅館の…」ハジメが驚いた声を上げた。


「そう、この旅館は元々、私の家系が経営していたのよ」桐山先生は微笑んだ。「でも、父の代で経営が厳しくなり、他の方に譲ることになったの。今の女将さんは遠い親戚にあたるわ」


「そうだったんですか…」ユイも驚いた様子だった。


「それで、あの高橋さんという人は…」ケンジが尋ねかけた。


「高橋さんは、私が警察官になる前、大学生だった頃の知り合い」桐山先生は少し表情を曇らせた。「当時、彼は真面目な民俗学者の卵だったの。この温泉街の歴史や文化を研究していて、私も地元の人間として協力していたわ」


「それが、なぜこんな…」ハジメが不思議そうに言った。


桐山先生はため息をついた。


「彼は研究を進めるうちに、だんだん『昔の方が良かった』という思想に傾いていったの。特に、この温泉が混浴だった時代に強いこだわりを持つようになって…」


「でも、なぜ急に今になって問題を起こすようになったんですか?」ユイが鋭く質問した。


「それは…」桐山先生は少し言葉を選ぶように間を置いた。「実は私が原因かもしれないの」


「え?」三人は驚いた顔をした。


「二十年前、私はまだ新米警察官だった。その頃、この温泉街で『入浴中の女性を覗く事件』が多発していたの」桐山先生は静かに説明した。「そして私は、その捜査を担当したわ」


「犯人は…」ケンジが恐る恐る尋ねた。


「犯人は高橋さんじゃないわ」桐山先生は首を振った。「でも、彼の研究仲間の何人かが関わっていたの。彼らは『文化研究』という名目で、実は卑劣な行為をしていた」


「それで、桐山先生が捕まえたんですね!」ハジメが目を輝かせた。


「そうよ」桐山先生は頷いた。「おかげで、高橋さんの研究グループは解散することになったわ。彼自身は直接関わっていなかったけど、信用を失ってしまった」


「だから、桐山先生に恨みを持っているんですか?」ユイが尋ねた。


「恨みというよりは…」桐山先生は複雑な表情をした。「私が彼の夢を壊したと思っているのかもしれないわ。そして今回、私が引率で来ると知って、何か見せつけようとしたのではないかしら」


「でも、先生は正しいことをしたんじゃないですか」ハジメが真剣な表情で言った。「犯罪は犯罪ですよ。文化研究の名目があっても」


「そうね」桐山先生は微笑んだ。「でも、高橋さん自身は本当は悪い人じゃないの。ただ、研究に夢中になりすぎて、周りが見えなくなっているだけ…」


その時、廊下から物音がした。


「誰かいるわ」ユイが小声で言った。


桐山先生は静かに立ち上がり、障子に近づいた。そして、急に開けると…


「わっ!」


高橋さんが転がり込んできた。


「高橋さん!?」桐山先生は驚いた声を上げた。「あなた、まだ旅館にいたの?」


「か、桐山…」高橋さんは慌てて立ち上がった。「話を聞かせてもらった…」


「警察に連れていかれたんじゃなかったの?」桐山先生が尋ねた。


「軽い事情聴取だけで、解放されたんだ」高橋さんは少し恥ずかしそうに言った。「仲間のしたことは申し訳なかった。私は本当に歴史研究のつもりだったんだが…」


「それにしても、盗み聞きはよくないわよ」桐山先生は厳しく言った。


「すまない」高橋さんは頭を下げた。「だが、お前の話を聞いて…」


彼は急に頭を上げた。


「桐山、お前は私のことをそんな風に思っていたのか?」


「え?」桐山先生は少し戸惑った様子だった。


「『高橋は悪い人じゃない、ただ研究に夢中になりすぎているだけ』だって?」高橋さんの目に涙が光った。「二十年間、私はお前に憎まれていると思っていた…」


「まさか!」桐山先生は驚いた様子で言った。「私はただ、法を守る立場としてやるべきことをしただけよ」


「そうか…」高橋さんはしみじみと言った。「実は今日、お前に会いに来たんだ。謝りたかったんだ。あの事件以来、私は本当の研究の意味を見失っていた…」


「でもあなた、今日も女湯に…」ユイが厳しく言った。


「あれは…」高橋さんは顔を赤らめた。「仲間たちが暴走して…私は止められなかった…」


「責任転嫁はよくないぞ」ハジメが真剣な表情で言った。「あなたがリーダーなんでしょう?」


「そうだな…」高橋さんは正直に頷いた。「私にも責任がある。反省している」


「それなら」桐山先生は真剣な表情で言った。「あなたの研究、本当の意味でやり直したらどうかしら?温泉文化の素晴らしさを、正しい方法で伝える活動を」


「桐山…」高橋さんの目が輝いた。「それは…素晴らしいアイデアだ!」


「例えば」ユイが提案した。「歴史資料館を作るとか、正式な講演会を開くとか…」


「そうだ!」高橋さんは興奮した様子で言った。「私には専門知識がある。それを活かして、この温泉街の歴史を正しく伝えることができる!」


「まずは、『混浴の歴史を守る会』という名前を変えることね」桐山先生は微笑んだ。「誤解を招きやすいわ」


「うむ…『湯煙温泉文化研究会』とかどうだろう?」高橋さんは考え込んだ。


「いいじゃないですか!」ケンジが目を輝かせた。


「そして、覗きとかではなく、本物の資料研究をするんですよ?」ハジメが念を押した。


「ああ、約束する」高橋さんは真剣な表情で言った。「今回の件は深く反省している。子どもたちに迷惑をかけて申し訳なかった」


「じゃあ、明日から早速始めましょう」桐山先生は提案した。「この旅館には、私の祖父が集めた古い資料がたくさんあるはずよ。女将さんに頼んで、見せてもらったらどうかしら」


「それは…素晴らしい!」高橋さんの顔が輝いた。「ぜひそうしたい!」


こうして、思いがけない形で和解が成立した。高橋さんは深々と頭を下げ、明日の約束をして部屋を出ていった。


「桐山先生…」ハジメが尋ねた。「本当に大丈夫なんですか?」


「ええ」桐山先生は優しく微笑んだ。「高橋さんは本当は誠実な人よ。ただ、情熱が暴走しやすいだけ。きっと更生するわ」


「でも、あの仲間たちは…」ユイが心配そうに言った。


「そうね」桐山先生は真剣な表情になった。「明日、ちゃんと話し合いをしましょう。彼らにも反省してもらわないと」


「露出魔退治クラブ、明日も活動ですね!」ケンジが元気よく言った。


「そうね」桐山先生は笑顔で頷いた。「みんな、今日はよく頑張ったわ。特に、あの『特製バスタオル』の活躍には感心したわよ」


「へへん、これでもプロですからね!」ハジメは胸を張った。


「さて、もう遅いわ。部屋に戻りなさい」桐山先生は優しく言った。「明日も楽しい一日にしましょう」


「はい!」三人は元気に返事をした。


彼らが部屋に戻ると、田中くんたちはすでに布団に入りかけていた。


「どうだった?」田中くんが尋ねた。


「ちょっと血圧が高かったみたいだよ」ハジメは上手く嘘をついた。「温泉の興奮でね」


「そっかぁ」田中くんはあっさり納得した。


ハジメとケンジは布団に潜り込み、静かに目配せした。明日も波乱の一日になりそうだが、今は安心して眠ることができる。


露出魔退治クラブの温泉旅行第一日目は、こうして無事に終わったのだった。


## エピローグ:湯けむりの向こうの真実


翌朝、朝食を終えた子どもたちは、最後の温泉を楽しんでから帰路につく予定だった。


「桐山先生、昨日の高橋さん、来ましたか?」ハジメが朝食の片づけを手伝いながら尋ねた。


「ええ、もう女将さんと資料室で打ち合わせをしているわよ」桐山先生は微笑んだ。「彼、実は温泉の古文書の専門家なのよ。本物の学者なの」


「へえ、すごいんだ」ハジメは少し感心した様子だった。


「昨日も言ったけど、彼は本当に悪い人じゃないの」桐山先生は静かに言った。「ただ、熱くなりすぎると周りが見えなくなる。あなたたちも気をつけなさいね」


「はい!」ハジメはハッとした表情になった。「僕たちも、時々正義感だけで突っ走ることがありますもんね…」


「自分を律することができるから、あなたたちは素晴らしいのよ」桐山先生は優しく言った。


朝食後、子どもたちは最後の温泉タイムを楽しむために、再び浴場へと向かった。


「昨日の混乱でゆっくり入れなかったからね、今日はたっぷり入ろう!」ケンジは意気込んでいた。


浴場に向かう途中、彼らは廊下で高橋さんとすれ違った。高橋さんは両手に古い巻物を抱えており、興奮した様子だった。


「おお、君たち!」高橋さんは目を輝かせて言った。「素晴らしい発見があったんだ!この旅館には、江戸時代の温泉の利用法を記した貴重な資料が残されていたんだよ!」


「へえ、すごいですね」ハジメは素直に言った。


「これで本物の歴史研究ができる」高橋さんは誇らしげに言った。「桐山先生に感謝しなくては」


彼は深々と頭を下げ、資料室へと急いでいった。


「本当に変わったみたいだね」ケンジがつぶやいた。


「うん、良かった」ハジメも頷いた。


温泉での最後の時間も、何事もなく穏やかに過ぎていった。


昼過ぎ、子どもたちは荷物をまとめ、バスに乗り込む準備を始めた。


出発前、桐山先生は高橋さんと女将さんと一緒に玄関に立っていた。


「今度は正式な講演会をするから、ぜひまた来てくれ」高橋さんは嬉しそうに言った。「特に、あの勇敢な子どもたちにも」


「ええ、きっとまた来ますよ」桐山先生は微笑んだ。「でも、その時は変なことをしないでくださいね」


「約束する!」高橋さんは真剣に頷いた。「これからは本物の文化研究に励むよ」


バスが出発する直前、ハジメたちは窓から桐山先生に声をかけた。


「先生、何か話してることあるんですか?」


桐山先生は少し微笑んで言った。


「ちょっとした昔話よ。それと…」彼女は少し声を潜めた。「実は私、若い頃『女性のための温泉マナー教室』をやっていたの。あの特製バスタオルの使い方、私が開発したのよ」


「えーっ!」三人は驚いた表情になった。


「そうよ」桐山先生はウィンクした。「露出魔退治の先輩みたいなものかしら?」


「桐山先生、かっこよすぎる…」ハジメはため息をついた。


「そういえば先生」ユイが思い出したように言った。「あの時、どうやって犯人たちを捕まえたんですか?」


桐山先生は不思議な笑みを浮かべた。


「そうねぇ…」彼女は思い出すように言った。「当時『パンツレスラー』と呼ばれていた格闘技の技を使ったのよ」


「パンツレスラー!?」三人は口をあんぐり開けた。


「冗談よ」桐山先生はクスリと笑った。「普通に警察の手順で捕まえたわ。でも、特製バスタオルの使い方は教えてあげましょうか?実は七変化するのよ」


「ぜひ教えてください!」三人は目を輝かせた。


「次回の露出魔退治クラブの特別訓練でね」桐山先生は約束した。


バスが動き出し、子どもたちは白鷺旅館に別れを告げた。窓から見える温泉街の景色は、湯けむりに包まれて神秘的に見えた。


「いい旅行だったね」ハジメは満足そうに言った。


「うん」ケンジも頷いた。「温泉も堪能できたし、事件も解決したし」


「それに、桐山先生の意外な過去も知れたわ」ユイが付け加えた。


「露出魔退治クラブ、今回も大成功だったね!」三人は小さく手を合わせた。


バスは山道を下り、街へと戻っていった。子どもたちは新たな冒険を終え、次の挑戦に向けて心を躍らせていた。


タオル一枚で正義を貫いた彼らの温泉旅行は、こうして幕を閉じたのだった。


**――次回予告――**


「町内で相次ぐ下着泥棒事件!?」


「なんと犯人は二つのグループ!?盗む者と解放を主張する者!?」


「『パンツは自由だ!』VS『パンツは金になる!』、そして…ハジメ『どっちもアホか!』」


下着泥棒とパンツ解放同盟の対立に巻き込まれる露出魔退治クラブ!果たして正義の決断は!?


次回「下着泥棒VSパンツ解放同盟」お楽しみに!

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