第11話 頑張った後のご飯

「イリス様」

「なに?」

「今日の夕飯はなんでしょうか……?」


 メーロの質問を聞いて、イリスは引きつった笑みを浮かべた後、呆れたように溜息を吐いた。

 先程米を5杯平らげたばかりの人間がする質問には思えなかったのだろう。


「貴女、まだ食べるの?」

「はい。その……用意していただけるなら、ですけど」

「食べるなら、食事くらい用意するわよ」


 イリスの言葉に、メーロが瞳を輝かせる。さっき食べたんだからいらないでしょ、と言われても、文句を言えない立場なのだ。


 村での仕事を終え、馬車に揺られながら宮殿へ帰る道中。

 揺れる車内の中で、気を抜けばあっという間に意識を失ってしまいそうだ。


「ねえ、メーロ。今日、どうだった?」

「どうって?」

「人の役に立ってみて。もっと、なにかをしてみたくなった?」


 いい気分だったでしょう? とイリスが微笑む。彼女の言う通り、「ありがとう」という言葉は初めての気持ちをくれた。


「……悪くない、とは思いましたけど」

「それでも十分よ」

「……イリス様は、どうしてこんなことをしてるんです?」


 王女という立場にいるイリスは、わざわざ苦労して他人を助けなくても生きていけるだろう。

 毎日温かいご飯を食べて、好きなだけ眠って、豪華な服を着て過ごす。そんな生活だって、簡単に手に入るだろうに。


「当たり前じゃない。わたくしが王女だからよ」

「……え?」

「王族は、国民のために生きているの。どんな立場の人であろうと、困っていれば助けるのは、王女として当たり前のことだわ」


 馬車から差し込んだ夕陽が、イリスの黒髪をきらきらと輝かせた。

 彼女にはたぶん、気高い、なんて言葉が似合うんだろう。


「……だからイリス様は、私のことも助けてくれたんですね」


 食べる物も満足になく、ろくな生活はできなかった。そんな状況を救ってくれたのは間違いなくイリスだ。


 いきなり現れて、こんな風によくしてくれて。


 イリス様って、女神様みたい。

 神様なんて信じていないけれど、神様がもし人の形をしているのなら、イリス様みたいな姿なんだろうな。


「馬鹿ね、メーロは」

「はい? いや、私は馬鹿ですけど……」

「そういうことじゃないわよ」


 くすっと笑って、イリスはメーロの頭をそっと撫でた。


「わたくしを助けてくれたのは、貴女じゃない」

「……はい?」


 言っている意味が分からない。間違いなくイリスに救われたのは自分だというのに。


「ありがとう、メーロ」


 お礼を言うのは、間違いなく自分であるべきだ。それなのにイリスは、当たり前のような顔で「ありがとう」を口にした。


 先程学んだことだ。「ありがとう」という言葉を言われると嬉しくなる。


 でも、気のせいかな。イリス様に言われると、なんかこう、それだけじゃないような……。


「ジュリアに言って、今日は御馳走を用意してもらいましょう。知ってる? メーロ。頑張った後の食事って、すごく美味しいのよ?」





 湯浴みを済ませた後、居間へ向かうと、既にテーブルの上には料理が置かれていた。

 焼き立てのパンと、魚料理と肉料理。そしてサラダ。

 どれもボリューム満点だ。


「美味しそう……!」

「冷めないうちに食べなさい、メーロ」

「はい。あっ、ジュリアさん、今日もありがとうございます!」


 部屋の隅に控えているジュリアに礼を言う。これほど大量の料理を一人で作るなんて、いつものことながらかなり手間と時間がかかったはずだ。


 それに、料理だけじゃなくて掃除も一人でやっているみたいだし。


「まあ。私にお礼なんて、そんな……」

「え? お礼を言うのは、当たり前のことだと思いますけど……」


 ジュリアの意味する言葉が分からず首を傾げると、そうね、とイリスが穏やかな笑みを浮かべた。


「いつもありがとう、ジュリア」

「イリス様まで……」


 涙ぐんだジュリアが慌てて目元を手の甲で拭う。そして、どうぞお食べくださいませ、と笑顔で言った。


「今日、特におすすめなのはサラダなんです。サラダに使用したフルーツソースは、自家製の物なんですよ」

「フルーツソース……?」


 フルーツって、高いやつだよね。

 それをソースにして、しかもサラダにかけてるの?


 驚いて、すぐにフォークへ手を伸ばす。口へ運ぶと、確かに甘い味がした。

 あまりサラダは好きではないけれど、このソースがかかっていれば話は別だ。


 フォークを持つ手がとまらなくなって、夢中で口の中にサラダを突っ込む。


「メーロ。水もちゃんと飲みながら食べなさい」

「ひゃい!」

「ちょっと。食べながら喋らないの」


 そんなことを言われても、食べたいし、返事もしたいのだから仕方ないだろう。

 結局メーロが水を口に運んだのは、サラダの皿を空っぽにした後だった。


「ほら、頑張った後のご飯は美味しいでしょう?」


 ごくごくと水を飲むメーロを見つめ、イリスがそう言う。確かに、イリスの言う通りかもしれない。


 疲れた時ほどお腹が空いて、ご飯が美味しくなるわけだし。


「はい! イリス様って、とっても物知りですね!」

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