第12話(イリス視点)王女として
「……よし。これでいいわね」
鏡に映る自分を見て頷く。化粧も髪型も悪くない出来栄えだ。服装もまあ、今日はこれで十分だろう。
大貴族の令嬢、まして王女であれば、自分一人で着替えたことがない、という者も大勢いる。むしろ、そちらが多数派だ。
でも、わたくしは違う。
わたくしは、ハズレ王女だもの。
部屋を出て、メーロの部屋へ向かう。最近やってきたばかりのメーロは、とにかく朝に弱い。起こさなければ基本的に起きないのだ。
まあ、部屋も汚いし、朝起きないだけじゃなくて、メーロは全体的にだらしないのよね。
扉を開け、部屋の中に入る。相変わらず気持ちよさそうに眠っているメーロは、とても自分の一つ下とは思えない。
伸びっぱなしの白髪をそっと撫でると、メーロは気持ちよさそうに微笑んだ気がした。
「メーロ、起きなさい、メーロ」
名前を呼んだだけではメーロは目を覚まさない。身体を揺さぶり続けてしばらくすると、ようやく目を覚ますのだ。
「イリス様。おはようございます」
目が合うなり、ふにゃり、と柔らかい笑顔を浮かべる。可愛らしい顔立ちをしているな、と思ってしまうのは主人としての欲目だろうか。
「出かけるわよ」
「今日もお仕事ですか?」
「いいえ。今日は街に行くの」
そうですか、とメーロはすぐに頷いた。彼女はとても素直で、イリスの言うことをいつも受け入れる。
まるで犬みたいだわ。人懐っこくて、大食いな犬。
幼い頃から周りに遠ざけられて育ったイリスにとって、メーロは初めて接する年の近い相手だ。
もっとも、とても同年代には思えないのだが。
「起きて、早く着替えなさい。髪はわたくしがといてあげるから」
◆
「え、えっとその、ここって……?」
「理髪店よ。貴女の髪はかなり傷んでるわ。こだわりがないのなら、一度整えてもらうべきね」
馬車に乗ってやってきたのは、王都にある理髪店だ。
比較的裕福な商人が利用するような店ではあるものの、王女がくるような場所ではない。
メーロが何も聞いてこないのは、きっと彼女があまりにも無知だからだろう。
無知な彼女は、イリスのことを純粋に王女として見てくれている。
「こだわりはないですけど、その……」
「なに?」
「……髪を切ることにお金を払うくらいなら、食べ物を買いたいというか……」
「別に貴女に払わせる気はないわ」
「あ、じゃあ切ります。いくらでも」
予想通り、メーロには髪型に対するこだわりはないらしい。せっかく可愛い顔をしているのだから、もっとちゃんとすればいいのに。
改めてメーロを観察し、似合う髪型を考えてみる。
さすがに、男ほど短い髪は似合わないだろう。
肩より少し上……ううん、そうするとアレンジの幅が減り過ぎるわ。
もう少し長い方がいいわよね。食べ方が汚いから、食べる時は髪を結べた方がいいでしょうし。
「イリス様?」
黙り込んだイリスを不思議に思ったのか、メーロが首を傾げる。
服も、ちっともサイズが合ってないわね。今日こそちゃんとした物を買ってあげないと。
◆
「メーロ。次は髪飾りの店にでも行こうと思うのだけれど」
「えっ、ま、まだ買うんです……!?」
ぐったりとした顔でメーロが悲鳴のような声を上げる。既に馬車の中は今日の購入品で溢れかえっているが、まだ必要な物は揃っていない。
メーロはほとんど物を持っていなかったのだから、当たり前だろう。
それにしても、買ってもらってるのにこの態度って、食べ物以外には本当に興味がないのね。
せっかく買ってあげてるのに……とは思わず、よけいにいろいろと買い与えたくなってしまうのはどうしてだろう。
なんだか、ペットを着飾る令嬢たちの気持ちが分かった気がするわ。
「せっかく可愛いんだから、ちゃんとしなさい」
「……そんなことないと思いますけど」
「あるわよ」
髪を整え、きちんとサイズの合った服を着たメーロは、贔屓目なしに見ても美しい。
小動物のような可愛らしさは、おそらく男女ともに惹かれてしまうものだ。
御者に行先を伝え、目当ての店へ向かう。昔から自由に市井を出歩けたおかげで、このあたりの店には詳しいのだ。
馬車がとまった後、疲れきったメーロの手を引いて外へ出る。店内に入ると、くたびれた顔の店主と目が合った。
しかも、棚にはほとんど商品が並んでいない。
以前は髪飾りだけでなく、様々な装飾品が所狭しと並んでいたのに。
「なにかあったの?」
店主に声をかける。顔なじみの店主には身分こそ明かしていないものの、それなりの身分だとは伝わっているはずだ。
「……お客様。実はこの店、そろそろ閉店するんです」
「え、どうして!?」
この店の売りは、店主の妻による手作りの品だ。繊細な一点もののデザインが人気で、庶民から貴族まで幅広い層の客がいる。
安価な物も高価な物も、どちらの取り扱いもある珍しい店なのだ。
わたくしも気に入っていたし、メーロにも似合う物があると思ったのに。
「うちの店は近くの鉱山から直接鉱石を仕入れていたんです。ですが最近、その鉱山に魔物が出るようになってしまって……」
「魔物?」
近くにあるという鉱山は、間違いなくフリューゲル王国の領土だろう。
だとすれば、結界で守られ、魔物の侵入はないはずだ。
結界の弱体化はかなり進んでいるのかしら……?
「その話、詳しく聞かせてちょうだい。わたくしがなんとかしてみせるわ」
王女として、困っている民を見捨てることはできないもの。
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