第10話 「ありがとう」の嬉しさ
「申し訳ございません、メーロ様。……もう、米がなくなってしまいました」
メーロが5杯目の米を食べ終わった時、村長は心底申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
もちろん、村長はなにも悪くない。
おかわりしてもいい、という言葉に甘え、大量に食べたメーロのせいである。
「だ、大丈夫です。私も、そろそろお腹いっぱいですし」
本当はあと3杯はいけたけど、仕方ない。かなり残念ではあるけど。
「それより、そろそろ私もイリス様のところへ行こうかと……案内してもらえますか?」
「はい、もちろんですよ」
◆
広場へ向かうと、イリスの前に大量の人だかりができていた。
話を聞いてもらおうと列に並んでいる者もいれば、王女を見て興奮している村人もいる。
大勢に囲まれて大変だろうに、イリスは優雅な微笑みを浮かべていた。
汚れた服は王女らしくないが、それ以外は完璧な王女である。
「メーロ!」
いきなり名前を呼ばれ、ついびっくりしてしまう。
こんなに人がいるのに、イリス様ってすぐ私に気づくんだ。
メーロに駆け寄ってくると、イリスは心配そうな眼差しでメーロの顔を覗き込んだ。あまりにも整った顔が近くにきて、未だに少しどぎまぎしてしまう。
イリス様って、結構距離が近いよね……。
「体調はどう? 体力を消耗するだけと聞いてはいても、目の前で倒れられると心配だわ」
「す、すいません。ご飯もいただいて、もう大丈夫です」
「そう? この子、やっぱりいっぱい食べたのよね?」
イリスに問われ、村長は気持ちがいいほどの笑顔で答えた。
「はい! 5杯もお米を召し上がりました」
晴れやかな村長の表情とは裏腹に、イリスの顔は曇っていく。そして呆れたように溜息を吐くと、ごめんなさいね、と口にした。
「この子、遠慮ってものを本当に知らないみたいなの。後で米を手配するわ」
「そんな! 滅相もありません。お二方にしていただいたことを考えれば、5杯分のお米などたいしたものではありませんから」
「……ありがとう」
まったく、と呟いたイリスの眼差しは相変わらず優しい。
「メーロ、きなさい。みんな、貴女にもお礼を伝えたいそうよ」
「えっ?」
顔を上げると、メーロ様! と村人たちに名前を呼ばれた。これほど大勢の人から様付けで呼ばれることなんて初めてだし、そもそも名前を呼ばれること自体に慣れていない。
「おいで」
イリスに手を引かれ、広場中央へと向かう。四方八方から視線を向けられるのは、あまり居心地がいいものではない。
それでもその視線に悪意がないことは明白で、なんだかそれが……ものすごく、照れくさい。
「メーロ様、ありがとうございます!」
集団の中から、とてとて、と小さな歩幅で飛び出してきたのは幼い子どもだった。年齢は5歳くらいだろうか。
「ほんとに、ありがとうございます。たすかりました!」
たどたどしい言葉で、それでも丁寧にお礼を伝えてくれる。その目はきらきらと輝いていて、見つめられただけで眩しくなった。
「この子の母親、毒で苦しんでいたらしいの。でもさっき薬草を飲んで、無事回復したのよ」
メーロの耳元でイリスが囁く。幼女は深々と頭を下げ、メーロ様のおかげです! と大声で言った。
「貴女がいなかったら、この子の母親は助からなかったわ。わたくしだけだったら、どうにもならなかった」
幼女がぎゅっとメーロの手を握り、ありがとうございます、と何度も繰り返す。まるで、何度伝えても足りない、と言っているみたいだ。
「私は、別に……」
村人たちを助けると決めたのはイリス様で、私はただイリス様の命令に従っただけ。
それが私の仕事で、そうすれば美味しいご飯が食べられるから。
なのに。
胸の奥がぎゅっと締めつけられるような、なんだか泣きたくなるようなこの気持ちはなんなのだろう。
「……ねえ、メーロ」
目が合うと、イリスはくすっと笑った。
「ありがとうって言われるの、悪くない気分じゃない?」
ああ、そうか。
この気持ちは、ありがとう、と言われた嬉しさなんだ。
生まれてからイリスに出会うまで、役に立たない無能扱いしかされてこなかった。ありがとう、なんて言われたことはなかった。
だから私も、誰かに「ありがとう」と言われるようなことをしよう、なんて思ったこともなかった。
でも、イリス様の言う通りかもしれない。
「……はい。なんだか、すっごく嬉しいです」
しゃがみ込んで、幼女に目線を合わせる。きょとん、と首を傾げた幼女に向かって、私はとびきりの笑顔を浮かべた。
「こっちこそありがとう」
「……え? わたし、なにもしてないよ?」
意味が分からない、と混乱した表情で幼女は首を傾げる。
「だって私に、ありがとうって言ってくれたから」
メーロの説明を聞いても、幼女はやはり意味が分からないようだった。
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