第7話 猫のやらかし

「では本日から、更にブーストをかけて猫を再現してやる。心してかかれよ」

「うん。わかった」


 たいして深刻に捉えずにこやかに笑っているが、そのお綺麗な笑顔はどれくらい保つかな……?

 私は内心、悪魔のような笑い声をゲラゲラと響かせていた。


 猫が高確率でやってしまう行動を全てやってやる……。

 しかも、何をしてもいいと許可を得てしまった。今日はフィーバータイムだ。

 別に鬱憤も不満もないが、これから溜まるかもしれないし、先に解消させていただこう……。


○○○


 私は、晴明がテーブルに置いた水の入ったグラスに目をつけた。

 今の私にはまるで「どうぞ遊んでこぼしてください!!」と言っているように見える。


 私は晴明の様子を伺いながら、グラスに狙いを定めた。

 そして、時は訪れる。


 晴明が席を立ち、グラスから離れた瞬間、私はタイマーを設定した。

 三十秒もあれば、猫的には温情を与えた判定になるだろう。

 さてさて。テーブルに座って、グラスを突き、床に落としてしまうとしよう……。


 私は徐々にグラスを動かし、テーブル外へと動かしていく。

 もう既にあと二十秒しか残されていない。


 猫への油断は命取りだ……お互いの。


 さぁ、あと十秒。

 私は気持ちが高鳴っていくのを感じた。

 普段やってはいけないことを許可されている……。なんて罪深いことなんだろう!!


 普段、自分から進んでやることではない行動に罪深さを感じながら、私はグラスを見つめた。


 そしてピピピッ! というタイマーの音が思いのほか、大きく鳴り響いたことに驚いて、想定よりもグラスを飛ばしてしまった。


 そしてグラスの割れる音で再度驚き、慌てて自室の部屋の隅に姿を隠した。


 いつもより急いでいるような大きな足音が、徐々に近づいてくる。


「どうしたの!?」


 晴明は戻ってくると、床に散らばったガラスを見て何が起きたのか悟ったようだ。

 笑顔を浮かべて、部屋の隅で固まる私に近づいてくる。


「優希ちゃん?」

「は、はい」


 抱き抱えようとする晴明への抵抗も虚しく、抱えられた私は、グラスの近くまで連れていかれた。

 晴明が座っていた椅子に、晴明が座る。私は逃げられないように晴明の膝の上に座らされた。


「やったね?」

「いえ、やってません」

「コラッ!!」

「う」

「危ないでしょ!? もうやっちゃダメ!」

「す、すみません……」


 晴明はいつもの笑顔をなくし、心配と焦りで顔を引き攣らせていた。


「怪我はないね? 大丈夫だね?」


 晴明が私の身体を確認する。

 そして怪我がないことがわかると、安堵したように息をはいた。


「怪我がなくて良かった。もうダメだよ? 反省した?」

「しました……」

「ならよし」


 それから晴明は、私の頭を撫でた。

 顔はいつもの笑顔に戻っている。


「ふ、普通にビックリした」

「よしよし、怖かったね……。片付けるから、近づいちゃダメだよ?」

「はい……。グラス割っちゃってごめん」

「いいんだよ。優希ちゃんが無事なら」


 私は晴明に抱えられて、自室に避難させられた。


 ……何だか、人間としての尊厳がなくなっていく気がする。


 このままでは本当に猫のようになってしまうかもしれない。

 いや、私が負けてどうする。

 晴明の甘やかしに負けるな。猫は気品があって、気高い生き物なのだ。


 そう自分を制して、私はさまざまな行動を起こしていった。


 あるときは、寝ている晴明の上に頭を置いて寝たり。

 あるときは、仕事中の晴明の膝の上にずっっっと乗っていたり、どかされたらキーボードの上に乗ってみたり。

 あるときは、コードを破壊しようとしてみたり。


 そうして、私と晴明の奇妙な日常は続いていった。

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