第2話 like a 猫

「はっ!! 会社!!」


 私の寝起きの一言は、そんな悲しい叫びだった。

 いつもこうして起きるのだが、今日はそんなとは違う光景に私は警戒心を露わにする。


 そうだ。私は気絶させられて、恐らく誘拐された。


 見覚えのない部屋だ。

 白を基調とした綺麗な部屋だが、生活感はあまり感じられない。まるでホテルの一室のような、そんな部屋だった。

 

 不思議なことに、誘拐された割には拘束などは何もされていない。

 ならば……逃げるのみ!!


 私は勢い良くベッドを飛び出し、ドアを開けるためドアノブに手を伸ばした。


「おはよう。沢谷優希さわたにゆうきさん」


 しかし、ドアを開ける前に開けられて目の前に立ちはだかられてしまった。

 私を見下ろす男は、私の名前を呼んでニッコリと微笑んだ。


「お話、しようね。ベッドに座って」


 私は男を警戒しながら少しずつ後退した。未だに微笑む男の手には包丁が握られている。

 この男は、私が言うことを聞かなければ殺すつもりなのだろうか。

 とりあえず今は、この男の言う通りにしたほうが良さそうだ。


 私は男の言うことに従うことにした。

 ゆっくりとベットに腰を降ろし、警戒を解かずに男の様子を窺う。


 顔立ちの整った男だ。着ている服も綺麗で、清潔感がある。

 髪の毛も染められておらず、普通に挨拶されていれば「好青年だなぁ」だと思っていただろう。包丁を向けられている今、そんな風にはまったく思えないが。


「いい子」


 男は私がベットに座ったことを確認すると、包丁を降ろして、人好きのする笑顔で笑った。

 そして、私の目の前に立ち止まった。


「あのー……。どうして私が誘拐されたんですか?」

晴明はるあきって呼んで」


 男はそう名乗ったが、私の記憶の中にそんな名前の人物はいなかった。

 そもそも初めて見る顔だ。誘拐される理由は見当もつかない。

 

「……晴明さんはー、どうしてー、私を誘拐したんですか?」

「「さん」はいらないよ」

「注文が多い。料理店かよ。早く教えろ」


 私は晴明が包丁を持っていることを忘れて、苛立ちを隠さず睨みつけた。

 しかし晴明は怒りもせず、むしろ嬉しそうに私を見下ろしている。


「そういう気の強いところもいいね……。君を誘拐したのは君が可愛かったからだよ」

「は?」

「猫に一人で話しかけてる君が可愛かったから。あ、連れて帰ろーって」


 なるほどね。コイツはヤバいやつだ。頭がおかしい。

 あんな人気のないところで、猫に一人でずっと話しかけている女が可愛い? 不気味の間違いだろ!

 なんなら「不審者だと思ったから捕まえようと思った」と言われたほうが納得できる。


「可愛い猫がいたら連れて帰りたくならない?」

「なる!」

「でしょ? だから実行した」

「それは意味がわからない! 私は人間だ!」

「うん、そうだね。でも今日でそれも終わり。君はここで、僕にずっと守られるんだから」

「は? どういうこと?」

「君を飼うことにしたってこと」


 晴明は、口の左端を引き攣らせるような笑みを浮かべて続けた。


「君が可愛がってた猫ちゃんみたいに、可愛がってあげるね」

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