お世話の仕方がなってない!!

紫が字

第1話 猫可愛い

 猫……それは魅惑の生き物。


 我々を翻弄し、持ちうる全ての財産を人間から献上されてしまう、そんな生き物。

 しかし、そんな信仰も虚しく、猫は小判なんてものには興味を示してくれない。

 猫に受け入れてもらうには、美味しいご飯と愛情を注ぎ、時間を掛けて信頼を築いていくしかないのだ。


 だから、仕事帰りに初めて会った野良猫へ手を伸ばしたところで、逃げられてしまうのは仕方がないことなのだ。


「くっ……その愛くるしさでどうしようってんだ! このままでは、世界が征服されてしまう……!!」


 誰もいない夜道で、私は猫の目線になり猫との通信を試みていた。

 しかし、猫は私を不審者だと思っているらしく、全く心を開いてくれない。

 こんなに好きなのに、私の愛はいつだって一方通行だ。


「そんなにモフモフしてどうしたの? その柄可愛いね。尻尾がシマシマだけど、そこだけどうしてシマシマにしようと思ったの?」


 久しぶりに野良猫に遭遇したからか、質問が止まることを知らない。

 猫はある一定の距離を保ちながら、こちらに視線を向けている。如何にも『警戒してます』といった視線だが、その程度で通信を諦める私ではない。


「可愛いね〜尻尾。それって自由意思で動くんだっけ? 違うって聞いたことはあるけど」


 低い体勢でこちらの様子を伺う姿が可愛い。とても可愛い。可愛い。

 しかし、こちらが低い体勢を維持し続けるのは結構キツイ。人間は猫とは違い、欠陥品なので。

 仕方なく私は一度立ち上がり、足を解そうとした。

 そうして立ち上がってしまったのがいけなかったのだが。


「あぁ……!」


 猫は立ち上がった私を見ると、一目散に逃げ出してしまった。逃げるなら今だと思われてしまったようだ。


「ストレス社会の中の貴重なオアシス源が……」


 私は人通りのない道で、一人孤独に呟いた。

 仕方ない。もうきっと姿を現してはくれないだろう。

 何事も諦めが肝心……と、私は猫のいない家に向かう為に振り返る——。


 しかし振り返る前に突然、背後から口元に柔らかい何かを当てられた。おまけに電撃のような痛みも走り、私は意識が遠のくのをどこか他人事のように感じた。

 

 人通りがないことを全く気にしていなかった。

 私が不審者かと思っていたら、本物が近くに潜んでいたらしい。


(クソッ……! まだ猫と暮らせていないのに!!)


 そんな誰に向けたものか分からない悪態をつきながら、私は意識を落とした。

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